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あなたの意思表示は到達しました

 とにかく私は大きく喚きそこにいない誰に対しても罵倒しながらも、再び美津子の体を引き上げようと彼女の身体を大きく抱きかかえた。

 湯船はざぶんとゆらぎ、私によって翻弄された彼女は薄く瞼を開けた。


「このまま。お願い。このまま。この子を殺さないと私は捨てられてしまう。」


「ママ?」


「お願い。私のおなかの中のあの人たちを殺させて。お願い。私は龍彦さんを愛しているの。お願い。殺させて。お願い、彼を失いたくないのよ。」


「ママ?」


 私を殺すのは斎賀のためだったのか?

 母のおなかの子供は私自身だったのか?


 ぞっとした私は母を抱いていた手が緩んでしまった。

 母は再び湯船の中に落ちていく。


 ただ落ちていくだけじゃない!


 大きく持ち上げた体をすべり落としてしまったがために、彼女の側頭部はバスタブの縁へ向かって落ちていったのだ。


「あぶない!」


 叫べもしない私の代わりに母へ手を差し伸べて守ったのは斎賀であり、彼は呆ける私の目の前で母をざぶんと音を立てて湯船から完全に引き上げた。


「あぁ。お前は俺の子が疎ましいわけでは無かったのか。」


 そうして抱き上げた彼女に頬ずりすると、彼は私の前を通り過ぎて脱衣所へと母を連れ去った。


 私は一人で取り残された。


 民法九七条。


 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

 母の本意を知った斎賀は、見るからに希望という効力を受けている。

 母の本意を知った私は、絶望によって体が動かない。

 彼女は本気で私を殺したいのだ。

 そして、母が死んだとしても、母の意思表示が私達から消え去ることは絶対に、ない。


「美緒!美津子の着物を脱がせるのを手伝ってくれ。」


 斎賀の悲痛な叫びにも、私の身体は動かない。

 しっかりしろ、私は母の過去を清算させるのだと決めたのではなかったか。

 愛する母と決別する気なのでは無かったのか。


「みお!」


 私は乱暴に涙を袖で拭い、私を呼ぶ斎賀の元にむかった。

 私は母を助けに来たはずなのだ。

 斎賀は必死で濡れそぼった着物から母を救い出そうとしていたが、濡れた帯が強い意志があるかのようにかっちりと蛇のように母の体に巻き付いて彼の助けを拒んでいる。

 私は自分のスマートフォンを斎賀に投げつけ、リビングへと駆け出した。


「おい!美緒!」


「鋏で帯を切る!あたしが鋏を持ってくる!救急にはあんたがかけて!」


「ハハ、このうん百万の帯を切るのか。わかった。」


 だが、私達が帯を切る必要も、電話をかける必要も無かった。

 窓から赤いサイレンの回転灯の光がリビングを赤く染めており、私が脱衣所を飛び出すやすぐに、玄関から担架を担いだ救急隊員がなだれ込んできたのだ。

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