刑法212条の罪を実行するもの
母も斎賀もこのドアを玄関とあまり看做していないのか、外側の外見と違い内側は殺風景で使用感がなく、ただの勝手口でしかない印象を与えた。
斎賀家の玄関には庭に出るための母と彼のサンダル二足が、それも新品同様のものが揃えられて出ているだけなのだ。
靴箱もシューズクローゼットも見当たらない所を見るに、彼らの外靴は寝室のウォーキングクローゼットに片付けられているのかもしれない。
玄関に住人数以上の靴を出しっぱなしにしては運気が下がる。
それを実践しているかのような斎賀家の玄関だ。
そのことわざを毎日のように言い合いながらも、必要以上に靴を出しっぱなしにしている私と寛二郎の玄関とは大違いだ。
近所までの突っかけ。
学校へ、会社へ行く為の革靴。
私の厚底ブーツに厚底ブーティ、厚底パンプス。
寛二郎のジョギング用シューズ。
寛二郎の遊び用のドライビングシューズ。
「全部……燃えちゃったね。」
靴のまま上がりこんだ。
無人の部屋にごつりと厚底ブーツの音が響く。
「靴のまま家に上がるのは葬式だけだと、爺ちゃんがここにいたら叱られるね。」
廊下を数歩がつがつと歩くと、庭を見渡せる大窓がある私がオムライスを食べたリビングへのドアが左にあり、右手は風呂場だ。
私は無人の、私がオムライスを食べた後の洗っても無い皿がテーブルに乗っているという、母の心象のようなリビングルームを見つめて暫し佇み、それから、母達の寝室で彼らを待つべきか、ここの、あの私専用の椅子に座って彼らを待つべきか躊躇してしまった。
だが、一瞬の躊躇をしてしまったからか、水の流れ続ける音が私の耳に届いたのである。
「何?水?」
後ろを振り向けば、それはバスルームへのドアだ。
私はそのドアを開け、そして、脱衣所の向こうの、水の音が続くバスタブのある浴室のガラスの引き戸を開け放した。
月は窓を通してその光を浴室のバスタブへと投げかけ、その淡い光の中、水の中で大きな胎児がたゆたっているではないか。
私とリビングで歓談していた、薄紅色の訪問着姿のままで。
美津子は胎児には見えない必死の形相で、湯船から浮かぶまいとしてか、曲げた両の足を必死で両腕で押さえつけているのである。
「ママ!何をやっているの!」
洗い場に飛び込むと、湯船の中の母を渾身の力を込めて引き上げた。
ざぶん。
しかし、痩せっぽちで152センチしかない私に対して美津子は163センチあり、細いが女らしい曲線を持った体をしているのだ。
水の浮力で彼女の体は持ち上がっても、水から引き上げた途端に濡れて重くなっている体と浮力を失う代わりに重力を受け、私の方が湯船の中に上半身を漬け込んでしまった。
「ちくしょう!何をやってんだよ!あんたが殺したいのはあたしだろう!何をやっているんだよ!ちくしょう!斎賀は何をやっているんだよ!」




