親権は回復も出来る
母は店の奥で帳簿をつけているはずだ。
それを知っていて、なぜ私はここで彼女を大声で呼んでいるのか。
ばん!
もう一度ドアを叩いた。
さらにもう一回。
さらに、さらに!
両の手のひらが熱を帯びてジンジンと鈍い痛みに脈打っているが、私は何度も扉に両手を打ちつけた。
ばん、ばん、ばん!
だって私は道理のわからない十歳の子供だ。
そうでしょう。
坊主にされた頭には大きなガーゼが貼り付けられ、患部を保護するためにネットを被っている、そんな姿のあの日の私なんだ。
あの日の私も、学校帰りにタクシーを捕まえて母の所に駆け込んだのだ。
「ママ!ママ!」
イギリス旅行がトラウマになった寛二郎は、私を傍から離さなくなったばかりか、母との交流まで完全に絶ち切っていた。
そこで子供の私は母恋しさで逃げ出してしまったのだが、寛二郎には辛かっただろう。
実母に殺されかけた私を実母から切り離して、その埋め合わせの海外旅行で私が死に掛け、彼が守ろうと必死な私は能天気に全部忘れて母を求めて毎日泣き喚いていたのだから。
ばん!
開かないドアに何をしているのだろう。
私はここで何をしているのであろう。
子供に戻った私でもあったが、その頃と違った言葉を叫んでいた!
「ママ!あたしを殺してもいいからここを開けて!あたしはママに会いたいの!愛しているの!殺されたっても愛しているの!」
ごつん。
両手をドアに当てたまま、私は額をドアに押し付けた。
私は私を産んだ母と同じ歳だ。
「よし、おおいに叫んだ。あたしはこれで冷静になれる。」
ごつん!
今度は強く頭を打ち付けるようにした。
心より頭が痛く感じれば、私は頭で考えた行動が取れる。
「そろそろ清算するよ、ママ。愛している。あたしはあなたに愛されている。でも、あたしはあなたを追い詰めるだけの過去の亡霊だもの。清算しよう。あなたは過去を完全に殺そう。そして斎賀と別の土地に行き、愛する男の子供を産んで人生をやり直すんだ。」
大きく息を吸い込むと、子供であった自分と感傷を息とともに大きく吐き出した。
それから財布の中から合鍵を取り出すと、母と斎賀の自宅ドアを開けた。
「さぁ、ママ、あなたに親権を回復させてあげる。」




