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親権を失った女

 民法第八三七条。


 親権を行う父または母は、やむを得ない事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、親権または管理権を辞することができる。


 母は当時、彼女が右腕に障害が残る事に発達障碍を持っていること、そして未成年であることを理由に折詰から親権を手放すように説得され、生まれてすぐの私の親権は祖父誠吉が手にした。



「今度こそ私は子供を育てたいの。」



 それは母の切なる願いだろう。

 今度こそ、忌まわしいものでない子供を産んで育てたい、というのは。


「お嬢さん、着いたよ。」


「ありがとう!」


 私はタクシーの運転手に一万円札を殆んど投げるように手渡すと、自らドアを解除して外に飛び出した。

 時計の針は11時半を過ぎたばかりで、料亭折鶴は店仕舞いの最中だろう。

 私は母達の住む棟へと直接入れる裏木戸を開けると敷地内に入り込み、そのままあの農薬を飲まされた日の時のように母と斎賀の住む部屋の扉へと向かった。


 折鶴の建物と繋がっているが、ここは彼らのプライベートゾーンだ。


 木戸方向にある開口部はなぜか普通の洋風の一戸建てのドアであり、木戸から続くアプローチは芝生が貼られ、花々が植え付けられたプランターがそこを飾る。

 そして、小さな子供用のブランコが、その広い庭の中心に、それだけぽつんと設置されている。


 小さいが子供が二人向かい合って乗れる、ベンチ式の白いブランコ。


 母が作った子供を愛するための庭には絶対に必要なアイテムだ。



 だから私はこの庭を見ないですむようにと、折鶴から母達の居室を尋ねていたのだ。

 だって、ここは私が母と住む家ではないのだから。

 ここは母が徳三に守られて暮らした生家であり、今では斎賀に守られて暮らす母の牢獄なのだ。


 そうだ、牢獄だろう。

 二人にとって。


 別の住処に行きたくとも、この店も家の名義人は私で、その私は彼らの足枷となりながらも折詰でぬくぬくと生きているというのに。


 ばん!


 呼び鈴も鳴らさずに、私は彼らの閉じられたドアに殆んど体当たりする格好で両手を打ちつけた。


「ママ!ママ!開けて!ママ!」


 私は十歳の母が恋しいだけの子供に戻っていた。

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