傷害の罪 故意ではなく結果犯
とりあえずの結果を話せば、寛二郎は蕨餅に仕込まれていた排水管を綺麗にする薬品系を飲んでしまっていたらしい。
アルカリ性の毒物は食道など人体を腐食してしまうが、濃度が薄かったことと、牛乳を一リットル一気飲みという彼自身の機転で中和されたらしかった。
しかしながら、当たり前だが爛れた食道を持つ彼には入院生活が待っており、私は七人の小人達と一緒に彼を殺そうとした犯人を見つけ出し、その上、折詰帝国を守らなければならないらしい。
寛二郎の掲げるホワイトボードによれば。
彼は喋る行為にドクターストップが掛かっている。
「普通に刑法204条の傷害罪成立だし、警察に丸投げでいいじゃない。あたしは十七歳のただの女子高生ですけど。明後日には大事なライブもあるし。」
寛二郎はやくざも泣いてしまいそうだと本人が思っている怖い顔を私に向けた後、ホワイトボードにきゅっきゅと音をさせて何かを書き込んだ。
「明日の六時までに何かを提示できなければ門限六時。」
「六時って、もとからライブを潰す気だな。それに何かってなんだよ!適当すぎ!」
「まぁまぁ。びぃちゃん。今回の蕨餅事件はびぃちゃんを狙ったものかもしれないでしょう?ライブなんて不特定多数の危険な場所は、今回はパスしませんか?」
折詰グループ内法務企画室の高部友康室長が私をなだめてきた。
真面目腐った顔をした頭頂部も寒い細身の眼鏡男が、私が行きたいと望んでいるライブハウスに同行したくないのは、目に見えているどころか、スケスケの助だ。
「高部さんはライブに同行しなくていいですよ。あたしは一人で十分ですって。どうしてもっていうなら、入り口まででお願いします。」
見るからに胸を撫で下ろしたもうすぐ定年の室長は、元法務企画室室長で既に定年して嘱託職員となっている速水幸助に「駄目でしょう。」と肩で突かれていた。
速水は少々小柄だがふくよかで、癖のある白髪が頭の両脇にしかないという愛嬌のある外見をしている。
その二人の様子に、フフフと地の底から響くような笑い声を上げたのは同じく法務企画室の渉外部長である牧早苗だ。
ところどころグレーのメッシュが入ったようなボブショートの白髪頭をした可愛らしい女性は、その頭を下げたことがないという伝説を持っており、法務企画室の本物のドンと呼ばれている。
「びぃちゃんの警護にあなた方がつく必要もないでしょう。ライブハウス内で老人が何の役に立つというの。うちの若いのをつければいいじゃない。」
「だって、牧さん。若いのは。」
牧に声をあげたのは速水と同じく定年した嘱託職員の伊藤研吾である。
肺病を患っている薄幸な画家を彷彿とさせる程の痩せ型の姿の彼に、今時貰えないだろう高額の退職金を得たのだから家で絵でも描いていればいいのに、と思うのだが、実際の彼は海外勤務の折詰職員の安全を図って来た誰よりも怖い武闘派の人である。
彼単体では武闘派と聞いても誰もが笑い飛ばすだけだろうが、彼の隣で目を丸くしている加藤直美が彼の別れた妻であると聞けば納得するだろう。
加藤は元自衛隊員であり、伊藤がいた時には防犯部で彼の副官をしていた。
現在のIT監査防犯部部長である彼女は、一六〇センチある均整の取れた肉体に五十代とは思えない美しい顔を持っているからか、所属の部署の名前どおりの強そうな姿であるのだ。
私は加藤が牧に対して目を見開いて目玉をくるくると動かす様に、私に若いのを付けてはいけない暗黙のルールがあるのだろうと、そしてそれを私にばらしてはいけないという念書つきなのだろうと当りをつけた。
「かんちゃん。あたしは若いお付が欲しい。」