刑法235条の窃盗罪には「親族間」という特例がある
姫甘味の強盗時の監視カメラ映像は鮮明で、強盗犯の男は私の蹴り倒した熊谷に背格好は似ているが違う男で、女の方は私のドレス、それも新作であるあの傑作を身につけた見覚えのある女であった。
私と違い頬紅も使い西洋人形風に見える様に顔を作っているので違いは一目瞭然だが、彼女がたとえ目元を真っ黒に塗りつぶす正当なゴシックの化粧をしていても、私が彼女を見誤ることはないだろう。
私達はモニタールームの入り口から一番手近なパソコンを立ち上げていた。
それを三人で囲むようにして立ったまま映像を見ていたのだが、田神親子は映像の中の女を目にした途端に、チっと同時に舌打ちの音を立てたのである。
私も、ちいっと大きく舌打ちをしたが。
「何だよ、姫ロリかよ。で、何?祖父の後妻は警察では札付きの女だったの?」
すると、田神親子は厳ついやくざ顔を同じように間抜顔にして、私の顔をまじまじと覗き込んできたではないか。
「え、そうなの?びぃのおばあちゃんだった?」
「嘘でしょう?」
「え、何?一体どうしたのよ、二人とも。このあたしのコピーキャットは折詰亜紀、旧姓伊藤亜紀よ。おじいちゃんの再婚相手で加藤と伊藤の長女の亜紀よ。知り合いなの?」
私の答えに二人は再び画像の中の女を凝視し、そして、吉保が私に何かを言おうとする前に、父親の方が息子の腕に軽く手をかけた。
「親父?」
「先に亜紀さんの事を聞こう。いいね。この一緒にいる男が殺された熊谷茂なんだよ。」
「あ、そうなの?親父。」
田神は再び上半身を画面にむけた。
「……ふうん。コイツが。よくみればなんだか見覚えがあるね。どうしてだろう。」
「そりゃあ、少女へのわいせつで警察のご厄介になった過去で身元が判明した男だからでしょう。生活安全課の案件じゃないか。」
「そうだね。それでか。でもさぁ、なんでこんな男と一緒に居れるのかね。」
二人ともどうしてここまで亜紀に拘るのかと、私は再び画像の中の、戸籍上も何も祖父の妻でしかない女を見直した。
寛二郎が祖父の再婚を機に折詰家に打ち立てた新たな家訓が、「色ボケ誠吉の後妻の存在を無視する」という幼稚なものであったが、彼女は自分から私や寛二郎から身を隠すように振舞っており、実は私が祖父宅で彼女に会ったのは数えるほどしかない。
それでも、妹の真紀よりも小柄で細く、そして私の母に似た面長の美しい顔は見間違えることは無いだろう。
「ちくしょう。あたしより背が高いのにあたしの服が着れる細さにもむかつくが、全部あたしの新作じゃないか。あのパニエだって、刺繍とビーズで完成に時間がかかって、持ち主の私がまだ試着もしていないというのに!」
「お前の怒りどころはそこか!」
「吉保煩い。それでは、彼女が亜紀だとして、君は何が起きているのかを僕達に説明できるかな。正確じゃなくとも、君が思うって事だけでいいよ。」
安心させるように私に微笑んだ充の顔が、やはり怖いやくざ顔なのに人好きのするものに変わった事に驚きつつ、私は防犯カメラの中の女性の姿に喚起された自分の記憶を噛みしめながら彼の質問に答えていた。
「亜紀だとして」の充の言葉が引っかかっていたが。
「ただの相続権争いです。相続人の私を相続欠格に貶める行為。」




