怖い会社
「どうしたの?」
吉保は私の声に私の左肩から手をどけて、ごめんと謝るだけで、彼を落ち込ませたらしいメールの内容を私に語るつもりはないようだ。
そこで、電話が終わったらしき充に視線を投じると、彼はやるせなさそうな顔で私に微笑み、真鍋美雪の死を伝えたのである。
「真鍋がたった今息を引き取りました。」
それが全く知らない人間でも、死亡したという情報は暗く重いものである。
異様な三人組はそのまま無言で歩き始めてエレベーターホールに辿り着いたが、やはり誰も何も言わないままぞろぞろとエレベーターに乗り込んだ。
だが、私がそこで地階のボタンを押すと、その時に初めて自分の部署が地階にもあると知った新人が声をあげた。
「地下一階って機械室や駐車場だけだったろう。一般社員が知らない部屋に隠し部署があるって、一体ここはどういう会社なんだ。」
「ヨッシーが新人で、社屋を全然理解していなかっただけでしょう。」
エレベーターの扉が開き、私は間抜けな新入社員に溜息をつきながらエレベーターホールに踏み出した。
そこにはどの階にでもある金属板でできたフロア案内図が壁にはめ込まれており、私は田神にわかりやすいように地図上の目指す部屋を指差した。
そこには、法務企画室専用資料室とわかりやすく書いてある。
「あ、ちくしょう。」
「元刑事で護衛官だったら、自主的に全フロアの確認くらいしろよ。」
「うるせぇよ。転職したばかりの試用期間の人間の緊張感溢れる心情を思いやってやれよ。大体、俺は入社した三日後からお前の世話なんだからな。まともに本社に来てねぇよ。」
「うっわ。本気でど新人なんだ。どうしてそんな人物評価も済んでいない新人が、あたしの護衛に選ばれたわけ?法務企画室にはセキュリティ関係の兵は六十五名所属しているはずでしょう。ヨッシーを入れれば六十六名か。古株はどうした。」
「知るか。急に全員集められて、小人の巣幹部が四人現れたと思ったらな、今にも死にそうな痩せた男に、コイツって俺が指差されて決定だったんだよ。」
「あぁ、あんたを選んだのが牧さんでも加藤さんでもなく、伊藤さんだったのか。」
「伊藤って伊藤研吾か?」
「充さんは伊藤の事をご存知で?」
「ミッチーで。」
「はい。ミッチーは伊藤をご存知だったのですか?」
「ご存知も何も、あの人はネゴシエーターとして有名じゃない。海外で起きた邦人の誘拐事件の多くをあの人が治めたと聞いているよ。それでね、四年前に、どある暴力事務所に潜入捜査中の者が囚われてね、そこの暴力団事務所がターゲットじゃないどころか、ターゲットが一緒に囚われていたから身分を明かすこともできないしで、とっても困った時に助けてもらったんだよ。」
「その囚われ人が当時親父の部下だった田端か。」
私の頭にはカエルバックのカエルが目をぐるぐるしている映像が甦り、バッグの持ち主の彼女が潜入捜査するくらいの兵だったのかと少々驚いてしまっていた。
「そう。あの子。若い子が何かされたらと気が気じゃなくてね。それで駄目もとで有名な伊藤さんに連絡したの。そしたら、いいよってすぐに来てくれて、ものの五分も経たずに田端を連れ帰ってくれたんだよ。」
「でも、彼は一人じゃなくて五人の部下を引き連れて事務所を強襲しましたから、五分でも長いくらいですよ。」
「良く知っているね。僕達は救出劇に大口を開けて固まってしまったよ。傭兵の派手な突入なんて、映画ぐらいだと思っていたからね。君も救出されたことがあるのかな?」
「その場にいました。」
「え?」
田神親子が驚いた顔を見せたのは想定内だが、充の驚き顔がそれ程でないと思ってしまったのはなぜであろうか。




