佃煮親子 一方的商行為
折詰グループ本社内の小人の巣は、社長室のすぐ下のフロアと、ボイラー室などがある地下のフロアにと二箇所ある。
だが、吉保のような下っ端が地下の詰め所に押し込められているわけではなく、地下は小人の巣の荷物置き場であるだけだ。
荷物というものが、折詰グループの大事な心臓を動かすアドレナリンや、健康を保つサプリメントのような、門外不出の情報ばかりであるのだが。
「本当に凄いビルだよね。」
「エントランスに土産物屋があって、折詰の高級贈答用品が社員割引で買えるんだぜ。」
嬉しそうに吉保が指差した場所は灯りが消えたエントランスの一角で、既に夜間のために売店は囲むような柵が下りて閉められている。
「うわぁ。なんか、田舎の旅館にある売店みたいだ。あ、あさりの佃煮がある。僕は折鶴になんて絶対に行けないからさぁ、佃煮ぐらい食べたいなぁ。ヨッシー買って。社割利くんでしょう。」
「閉まっているだろうが。」
「開けてくれる?」
私は受付に声をかけた。
吉保に無理矢理でも佃煮セットを買わせてやろうかと私の悪戯心が騒いだのだ。
私商人、吉保が買う人。
これこそ商法第三条、一方的商行為。
けれども、私に応対する声がなく、何だろうと見返せば、本社の受付も警備員も大口を開けた驚いた顔で私を注視して固まってしまっているのである。
二人並ぶとやくざの組長とその若頭にしか見えない親子を引き連れていたからだろうと納得すると、私は目的地へ急がんと佃煮親子をエレベーターホールへと急かすことにした。
「待ってください!お嬢様!」
「今すぐ鍵を開けますから。」
「うわ、どうしたよ。」
受付も警備員も間抜けな佃煮親子が乗り移っているかのようで、私は彼らに不要だと断り、汚染力の強い田神かける二の背中を押す事にした。
田神大の方は素直にエレベーターホールに歩き出したが、田神小は途中で足を止めた。
「僕の佃煮は?」
「あとで全セット詰めをヨッシー宛で自宅に贈ってさしあげますから。さっさと歩いて。」
ミッチーという彼一人の為だけのために、私は自腹でヨッシー宛てに佃煮を買うことになったと、一方的だよと心の中で舌打ちをしてしまっていた。
田神小の方は新車の運転権も息子から奪うし、実は息子よりも確実に剣呑な奴なのかも。
「かしこまりましたであります。軍曹。」
「まじかよ。ありがとうございます。軍曹。」
田神大小は仲良く振り向いて私に酔っ払いのように敬礼し、田神大はビールのお陰で上機嫌なのだと思う事にした。素面のはずの田神小もただの間抜けなのだろうか。
考えてみれば、ミッチーとヨッシーは私がゴスロリの格好をすることを許しても、カツラと化粧を許さないと大騒ぎした馬鹿者共なのだ。
煩くて折れてしまった私も情けない。
私が男に慮るなんて。
そこで私は軍服風黒スーツを着込む事にした。
真っ黒な軍服風のタイトな上着に、バルーン型の膝丈スカートという、よくある親衛隊風のものである。
大事な鞭は腰の幅広ベルトにある専用ホルスターに装着した。
この姿で田神家の家族一同の前に現れると、彼らは一斉にハレルヤを歌い出すのではないかと危惧するほど狂喜乱舞したのである。
父子を諌めるべき孝子などは、私の胸に自作の勲章ブローチを飾ったほどだ。
しかし、ストライプのリボンで飾られた手作り勲章は、大き目でリアルなスカルビーズなんて気の利いたものがビジューの中心に埋もれている私好みの作品であったので、孝子は私の心の友だと認めて有難く頂戴した。
「さぁ、行くぞ。」
「ちょっと待って。」
ぐいっと、大きな手が私の左肩にかかった。
「だから、佃煮は。」
振り向けば田神親子はそれぞれスマートフォンを操作していた。息子は暗い顔で私を引き止めた手を私の肩に乗せたままメールを読んでおり、父の方は後ろを向いてスマートフォンで通話をしていたのである。




