放火及び失火の罪
「あ、お爺ちゃん家におきっぱのあたしの鞄。どうして?」
「着替えが必要でしょう。ご紹介が遅れましたが、はじめまして。僕はヨッシーの父、ミッチーです。本庁で偉くて怖い刑事さんをやっています。」
格好良いと第一印象に思った私への嫌がらせのように、その標準身長のヤクザ顔の中年男性は頭の悪そうなセリフを言うと、ぴしっと私に対して頭を下げた。
「ふざけんな。何がミッチーだ、このみつるが。あ、こいつは充って書いてみつるって読むの。」
「そんなことよりも、どうして、これをあなたが?」
私が田神から鞄を受け取り急いで中を空けると、中には祖父宅に置いてあったドレス二着と下着類と小物が詰め込まれていた。
これは祖父宅に泊まる時用に私が詰め込んで置きっ放しになっていた鞄でしかない。
そこで、わたしはどうして自分の家に帰れないのかようやく考え出したのだ。
「ねぇ、ヨッシー。寛二郎が入院していても、牧や加藤でなくても、うちの女性職員を見守りにすればあたしは家に帰れたよね。でも、加藤のところで、それも、自宅に荷物を取りに戻ることなくだった。もしかして、あたしの家がどうかなったの?」
田神から返答はないが、田神父はくいっと左の眉だけを動かした。
「おや、知らないの。君の自宅、折詰寛二郎宅は放火により全焼したよ。」
「あの凄いオートロックと防災対策の要塞で?」
「宅配便の箱が火元だね。消防が言うには、開けたらドカンの仕掛と、開けなくても時間が来れば燃え出す仕掛けの二段構えだったらしいね。」
「そんな。そんな怪しい箱などあたし達が受け取るはずが。」
「君のところはお手伝いさんが入っているでしょう。」
「はい。そうですがって、あぁ。」
「そう。宅配の荷物も受け取る契約でしょう。折詰さんが病院に搬送された後に宅配便を受け取って、そのまま彼女は帰宅したけれど、その荷物が数時間後に火を吹いたんだ。最近の高層マンションは延焼を防ぐ密閉式でしょう。火事は気付かれることがなく酸素を食い尽くしながら拡がってね、但し、知らずにドアを開けた人間はバックドラフト現象で意識不明の大火傷だ。」
田神の父、田神充は疲れきった、息子と同じ目で遠くを眺めるような表情をすると、どさりとダイニングの椅子に腰を下ろした。
腰を下ろした彼の前には孝子がすでに用意していた、湯飲みとアイスクリームが置かれていた。
「緑茶じゃなくて、僕はビールが欲しいな。」
「あなたは仕事に戻るのでしょう。」
「そうだけどさ。若い子が全身火達磨ってやりきれないよ。」
「バックドラフトの犠牲になったのはあなたの部下だったのですか?でも、どうして我が家に?それに、火災が起きれば報知機が鳴るはずでしょう。」
それに答えたのは充ではなく、私の近くにいた息子のほうだった。
「火災報知機は、すべて故意的に破壊されていたそうだ。そして、火事を起こした宅配便はな、ビィ、お前宛だったんだよ。」
「寛二郎が苛性ソーダ入り蕨餅を食べなければ、あたしも寛二郎も焼け死んでいた?」
そこで田神息子の方、いや、もう吉保でいいや、は頭を軽く横に振ると、私の肩をそっと押すようにして、リビングの方のソファに私を誘導したのである。
「どうしたの?」
私がソファに座ると、ソファの正面方向にはテレビがあるからかソファが置いてないために、吉保は私の斜め横になる場所に腰掛けた。
それから彼は私をじっと見つめ、私がいたたまれなくなる時間をかけてから、重い口を開いたのである。
「当初はお前が犯人だと目されていたんだ。大怪我を負った警察官はな、真鍋美雪、だ。」




