服という名の鎧
方向性が決まったのは良い事だが、私は大事な事を忘れていた。
「あ。」
「どうした?」
「うん。替えの下着は一応持ち歩いてあるけどさぁ、寝巻きが無いじゃない?」
「寝巻き?今時の子は寝巻きと言わないよ。」
「あたしは元々おじいちゃん子だもん。」
「昨日はどうしてた?」
「裸で寝た。いいか、今日もパンツ一丁で寝るか。」
紅茶をごくりと飲んで宣言すると、田神はぼっと顔を真っ赤にさせるや、自分の顔を両手で覆った。
「どうした?真っ赤になって。あたしのパンツ一丁を想像したのか?すけべぇ。」
「…………俺のシャツで良いか?」
めちゃくちゃ低い声を出したと思ったら、田神は席を立ちあがると上階にあるらしき自室に凄い勢いで向かっていき、そして物凄い勢いで戻ってきた。
彼の手には洗い立てだがくたびれた青色のTシャツとハーフパンツがあった。
「これを使え。」
「ありがとう。飲んだら行くよ。」
「早く行け。」
「わかったよ。そんじゃあ、あたしは風呂に行くからな。ヨッシーは覗くなよ。」
「覗くか、馬鹿!」
田神の家は三階建てで、三階に寝室が二部屋あり、二階がリビングダイニング、そして、一階にはガレージ部分と風呂場と客間として使っているらしき小さな洋室がある造りだ。
ガレージには田神家は車が無かったらしく、私達が乗ってきた社用車が置かれている。
「それでは孝子様、お風呂をお借りします。小鳥さん付苺風味のお紅茶、おいしかったです。」
「ふふ、馬鹿息子が追い立ててごめんなさいね。お風呂はどうぞ、ごゆっくり。」
ヒヨコの頭のついた黄色いスリッパをぺたぺたと音をさせながら風呂場へと階段を下り始めた私の後ろで、孝子の見当違いの言葉が耳に入った。
「あなたが連れてきた子で、あの子が一番良い子で可愛いわね。余計な質問攻めになんてしないのに、馬鹿ね。」
「そ、そそそんなんじゃ、ねぇよ!」
可愛いから買ってそのまま大事に片付けていたという未使用のヒヨコスリッパを、初対面の私から客用スリッパを取り上げて代わりにと差し出した人だ。
見当違いは当たり前だろうと、私は脱衣所に入るとカツラを外して、カラーコンタクトも外し、戦闘服を脱いだ。
洗面台の鏡の中の鎧兜を脱ぎ去った私は、小柄なだけの貧相な少女でしかない。
加藤の家では、風呂の後には亜紀の部屋に完全に閉じこもったのである。
そんな私が学校ではどうしているのか。
もちろん、普通に制服を着て学校に通っている。
制服姿の時の私は素のままの姿ともいえるが、制服というものは誰でも同化してその他大勢にしてしまうアイテムのようであり、コスプレだと思えば全然平気だ。
さらに私は黒縁の眼鏡を掛け、頬にそばかすを眉墨で書いてもいるのだ。
よって、素の私だといえる姿を人前に出すのはなんだかこそばゆく、私は風呂から上がると用意された一階の客間に衣服を抱えて飛び込んだ。
そして、このまま寝ようと思ったが、なぜだか田神をからかいたい気持ちが突如湧き出していた。
私は自分の悪戯心に追い立てられるようにして、彼から手渡されていたハーフパンツを脱ぎ、田神のよれたTシャツ一枚というあられもない姿となると、田神が寛ぐリビングへと階段を上っていた。




