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民法128条によると、私はお母さんの幸せを壊す事など出来ない

 足元が砂場となって崩壊していくようなゾゾゾとした感覚に苛まれながら、それでも母が大好きなはずの、母を大好きで何でも言うことを聞く娘を演じていた。


「あたしは学校なんざいつでも辞めるけどね。四人?犬でも飼ったの?」


「もう、お馬鹿さん。あなたに弟か妹ができたってだけよ。実はね、今迄二回ほど私は流産していて、今回も不安なんだけどね、お医者は大丈夫だろうって。でもね、また不幸を呼びたくないから安静にして、それで今度こそ子供を自分で育てたいって龍彦さんに言ったらね、彼は大喜びで自分には車の整備士の資格があるからって、折詰を出たらそれで私達を食べさせるって。」


「うそ。あいつはただのママストーカーじゃなかったのか。」


「もう、美緒ったら。」


 ころころと笑う母は可愛らしく、私はそんな母の姿に嫉妬している醜い自分を隠しながら、ソファの背に掛けられていた手近にあったストールを母の膝にそっとかけた。


「美緒?」


「あたしの弟か妹が冷えないようにってね。」


「まぁ。あなたって本当に優しいわね。こんなお母さんなのに。こんな情けないお母さんなのに。」


「泣かないでよ、ママ。ママはあたしの自慢なんだから。大好きなんだから。」


 私は母の肩を自分に引き寄せて彼女を抱きしめた。

 涙に暮れた彼女の顔が私の肩に添えられ、私は母の背中を子供をあやすように何度も撫で上げていた。せめて、これくらいの優しさくらい出せなければ人間では無いだろう。

 ストールを掛けたのは、「あたしの弟か妹の存在があたしの前から消えるようにね。」というそんな気持ちだったのだ。


 悪心ばかりの娘を見抜けないとは、母はなんと純粋なのだろう。


 自分の最低さがいたたまれずに母ではなく母の部屋を見回したら、粗品と書かれた熨斗が腰に腹巻のようにぐるりと巻かれ、そこに物凄く大きなリボンがつけられている、マヌケ顔をした柴犬の抱き枕が部屋の隅に転がっていたのを見つけてしまった。


「ママ、あの転がっている哀れな抱き枕は何?」


 彼女は私の肩から顔を上げると、私が見ている抱き枕の方をへ顔を動かした。


「ああ、あれは寛二郎さんへのお見舞いの品。」


「適当に転がっているね。」


「うん。ラッピングしたら疲れちゃって。」


「ママがラッピングしたの?」


「そう。可愛いかなって買ったけど趣味じゃなかった子でね、一度も使っていないならば寛二郎さんのお見舞いの品にどうかなって。彼は可愛い物好きだからいいでしょう。」


「うん。喜ぶと思うよ。手元に届くまでの過程を知らなければ。」


 適当にラッピングされて床に転がっている柴犬の顔は、私はなんとなく寛二郎に似ているような気がした。

 そこで、なんとなく柴犬全体を見直していたら、巻かれた熨斗が妙にくたびれているなと気がついた。


「ママ。あの柴犬を殴ったりした?」


「おなかの辺りは蹴ったかも。邪魔だと蹴飛ばしたらあれだった。」


「ラッピングの後?」


「ラッピングの後。やり直すのが面倒で。そんなに気になるくらい?」


 優しい人間のはずの母は、寛二郎に関してはそんなに優しくない。

民法128条

条件付法律行為の各当事者は、条件の成否が未定である間は、条件が成就した場合にその法律行為から生ずべき相手方の利益を害する事が出来ない。

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