法の適用されない場所
私は暴漢二名の処遇をすべて田神に一任というか押し付けて母の自室に逃げたのであるが、母は私が彼女の部屋でオムライスを食べると聞けばこれ以上無いくらい喜び、オムライスがなぜかお子様ランチ風に変化までしていた。
母と斎賀は折鶴の一角を住居として設えていたが、実は私がそこに足を運ぶのは、八年前から母の誕生日と母の日だけである。
しかし、母の一面が私をこの上なく愛している事が判るために、自分が薄情者にしか思えないと時々情けないと思っているのも事実だ。
時々なのは、毎日そんなに自分を責めたら私が可哀相じゃないか。
さて、薄情な娘を持つ母は完全に料亭を放り出して私に付き添い、私は一口ごとに重く味気なくなるオムライスを腹に収める努力をする事になった自分を責めながら、どうして田神が自分を迎えに来ないのか母に聞こうとして自分で自分を責めた。
そもそも田神から逃れるために母の部屋に逃げたのだ。
自分に朗らかな顔つきを見せるようになった男を、自分の内緒話を打ち明けたことで、彼が目に見えて心を痛めた姿にいたたまれなくなってしまったのである。
だから、私はここにいる。
田神が私を追ってきても、母の嫌がることは全て排除しようとする斎賀に行く手を阻まれるだろうと。
だが、田神は状況把握能力と学習能力が高いらしく、母の部屋には一歩も近付かない様子なのである。
「あいつはどうしている?」
母が内線で従業員に確認した事によると、彼は古巣に顔が利くらしく、近くの所轄の警官を目立たないように呼び寄せて暴漢を引き渡すと、私達のいた部屋に戻ってごろりと横になり、そのまま高いびきをかき始めたのだそうだ。
あの大きな体は、寝る子は育つのいい見本だと至極納得だ。
母はそんな田神の動向に大笑いをするだけどころか、娘と沢山喋れるように気遣いしてくれているのだと、田神を大いに褒めるのである。
「ママ。あれはただの怠け者だって。」
「そうかしら。」
「そうよ。」
私は母が私専用だと考えている小型のソファに背を預けた。
いつまでも小柄な私にはぴったりな、今の私の格好にぴったりな、ヴィクトリアンデザインの猫足で優美な金緑色のソファだ。
母の居間は座り心地を重視しているが、デザインはどこにでもあるシンプルなもので揃えている。
だが、彼女が用意した私専用の椅子だけは、豪奢で派手派手しいものなのだ。
「そのドレス姿じゃない美緒にも会いたいわね。」
「こんな派手な椅子を私専用にしておいて?」
「だってあなたは私の宝物のお姫様だもの。お姫様の椅子ってだけ。私は素顔のあなたに会いたいの。その化粧と格好じゃあ、あなたがいくつになったのかさえわからない。」
私は母に微笑んで見せた。