耳に落とす、秘密
少年法の誤解。
つまり、未成年であっても一四歳以上の私は家庭裁判所案件にはならないのであるのだが、彼らは巷で起こる少年による凶悪犯罪行為が自分の身に降りかかると思い込んだのである。
そして、私の脅しだけではなく、彼ら自身の身の内から沸き起こる恐怖心と私が提示した数十万円のはした金で、彼らは完全に折れた。
「俺達は折詰の役員だという男に雇われただけです。お嬢さんに大怪我を負わせて欲しいって。それだけです。本当に殺すつもりもありませんでした。」
「あの柳刃包丁を振り回しておいて?そんで役員の名前は?」
「あの、あのですね。折詰寛二郎です。」
「おっけい。」
私は座卓に戻ると田神の座る向いに座った。
食事を既に終えている男は、私と目をあわすと私に向かって両眉を上下に動かした。
「尋問は終わりか?あの答えでいいのか?まるっきりの嘘だろうが。」
「その嘘を聞きたかったんだからいいよ。大丈夫。知りたいのは誰か、よりもさ。あたし達を錯誤に陥らせる方向性が知りたいだけだったからいいんだ。」
「あんな答えで錯誤に陥るって、どれだけお前は馬鹿にされているんだよ。」
「うるさいな。それにあんたも無線聞いていて知っているでしょう。熊谷偽者があたしとの結婚話を持ち出して襲おうとした事。本物かあの偽者か知らないけれど、私のコピー女と婚姻届を出そうとしていた、という事実もあったわね。私が寛二郎についていけないと彼から離れたら、一人になった子供の私なんてどうとでもなると思ったのでは?」
「ハん。寛二郎の名前が出たことで、これからお前に近付いて結婚を迫る奴が黒幕のろくでなしって事を確信か。もともとお前の財産が狙われているって話だったものな。」
田神はアルコールフリーのビールを軽く煽ると、アルコールが無いためか軽く顔をしかめ、それからあたしに向き直ってにやりと笑った。
尋問するぞ、という刑事の顔で。
やって見せろと言う風に、私も笑い返した。
「だけどなぁ、お前を溺愛している寛二郎からお前がこの程度で離れるって思い込んでいる黒幕の錯誤って一体なんだろうな。それにさぁ、普通だったらさぁ、お前こそ意味わかんなーいって騒ぐはずだろ。お前はどうして妙に納得しているんだ?」
彼が真実を知りたいだけなのは重々承知していたが、あたしに向けた彼の口調が軽く砕けたもののままであったので、彼が私への親和感を崩さない気遣いをしているのか私を謀ろうとしているだけなのか、知りたい気持ちが湧き出ていた。
彼は私を哀れむだろうか。
あるいはこのままでいてくれるのか。
「あとね、他にも事情があるの。マイク切断、インカムも外して。」
「何だ?」
これは暴漢共どころか、折詰の法務企画室の職員達にだって聞かせてはいけないトップシークレットなのである。
これを聞いた田神がこの秘密を洩らしたら、私は彼を刑法134条の秘密漏示で訴えてやるだろう。
名誉棄損じゃなくて、私は秘密漏示で責めたい。
そのぐらい大事な秘密なのだ。
私は誰にも聞かせたくない秘密だからと、田神にぎりぎりに身を寄せた。
すると、なんと、彼の耳元に唇を寄せるに当たって、彼は少したじろぎ、なぜか耳まで真っ赤になったのである。
「うわ、ウブい。」
「うるさい。」
照れる男に私は呆れてもいたが、私は彼が今後に私へのこの反応が消えてしまうかもしれないという少々の不安を抱きながらも、彼の赤く染まっている耳に折詰家の秘密を落とし込んだのである。
すると彼はみるみると緩んだ顔を真顔に戻し、それどころか初めて出会った今朝の厳つい表情に戻してしまったのだ。
彼は目線だけ私に向け、鼻からスンっと息を拭き出すと、顔つきを数分前の気安さに戻した。
ただし目元は陰りを持ったまま。
「おっけぃ。了解しました。それで、こいつらはどうする?」
「あんたに任せる。あたしはママの部屋に行く。」
「……仲はいいんだな。」
「ママは半分も覚えていないからね。あたしは彼女の大事なお姫様なのよ。それにさ、あたしはむさい男とご飯は一緒は嫌だもの。」
誰が暴漢二名に眺められながら飯が食いたいか、と立ち上がったそのまま座敷を出ようとする私の背中に、田神の呟きが聞こえた。
「むさくて悪うございました。」
彼が勘違いしたのは判ったが、少々寂しそうな声に聞こえたのはなぜだろう。