あたし、まだ十代なんだよね 未成年による法律行為
母が私のオムライスを作りに厨房に行ってしまった今、私のいる部屋には田神に関節を外されて悶絶している男と、斎賀によってガムテープでぐるぐる巻きに拘束された男と、一心不乱に懐石を貪っている田神という男が詰め込まれている。
懐石を食べている男は私側の人間であるので、一応意志の疎通を図ってみた。
「こいつらから襲撃について聞かなくていいの?」
「俺は休憩中だって。」
「お前はどんだけ休憩するつもりだよ。この脱臼した奴は病院に連れて行ってやらないとだろうが。後遺症が残ったらヨッシーが訴えられるぞ。」
「救急車を呼べば?」
「馬鹿!飯屋で救急車を呼べるか!食中毒と誤解されたらどうする!」
再び膳に戻った男は、悲しそうに茶碗を眺め、ふうと溜息までついているではないか。
「おかずだけじゃなくて、俺はご飯も欲しい。」
「茶碗を寄越せ。おひつも知らんのか、今時の男は。」
田神から茶碗を奪い飯櫃の飯をよそって手渡したのだが、田神からは「ありがとう」の「あ」の字もない。
叱り付けてやろうかと睨めば、田神は厳つい顔を和らげて、それも、初めて見せた満面の笑顔で私をニコニコと見ているではないか。
厳つく見せる目元の険が無くなれば、そこにあるのは彫の深い目鼻立ちをした普通以上の男だ。
四角く見える顔かたちでさえ、ただの面長に変化していた。
寛二郎とも違う、魅力的ともいえる若い男の顔だった。
「どうしていっつもその顔をしていないのよ。苦虫噛み潰した顔ばっかりでさ。刑事ってそんなに大変な仕事だったの?」
煩いの一言ですますと思ったが、田神は私から視線を外して暫し天井を眺めたかと思ったら、私に視線を戻して一言呟いた。
「すまない。」
「おお。ようやくあたしにした数々の無体な行動を反省したか。」
「違うよ、馬鹿。お嬢をただの甘やかされただけの子供だと思っていてすまないねって事。あんたは気遣いのできる良い子だよな。」
「そうだよな。あたしは子供なんだよな。」
「お嬢?」
私はすくっと立ち上がると、括られている暴漢へと足音高く向かうと、まず、脱臼に苦しむ男の脱臼したそこを踏みつけてやった。
「ぎゃああぁああ。」
「うるせぇよ。大声で歌うんならお前らを雇った奴の名前を吐けよ。」
言った返しに、今度は私に怯えた目を向ける脱臼男の横に転がるガムテープぐるぐる男の、口元のガムテープを乱暴に剥がしてから、盛大に蹴り飛ばした。
「ぎゃあ!」
「おら、言えよ。ここは料亭だ。従業員の油鍋かぶっての大火傷なんざ、いっくらでも起こる環境だ。警察にお前らを突き出すよりも、病院に搬送したほうが楽そうだ。」
「ガキが!そんなことが出来ると。」
転がった男の腹をどかんと大きく蹴り上げた。
「出来るね。お前らは折鶴の従業員なんだろう。死んだら見舞金ぐらいは親族に出してやる。犯罪行為を認めて全部吐くというんなら、退職金だって出るぞ。どうする?」
公所良俗を反した法律行為は無効であるが、私は元々未成年で私が差し出した法律行為なんざ最初から無効であるのだ。
しかし、相手は私が未成年であるということで、現在では悪法で名高い少年法を想起してしまったのかもしれない。