刑法199条と190条の発生!
「あたしにこれ以上何を話せというのよ。普通にあたしが襲われかけて、撃退して、激高した馬鹿がリビングのガラス窓に突進しただけじゃないの。」
「いえ、そうなのですがね。録音も聞かせていただきましたし。正当防衛と緊急避難で書類は作らせていただきますがね、搬送された彼、熊谷茂は熊谷茂で無いようでして。」
「何それ?」
「本物の熊谷茂らしき死体があったってさ。」
ひゃあ、殺人事件(刑法199条)があったというのか。
驚きながらも私はなんてことない顔を作った。
「ふうん。どこで?」
「うっそだろう。このお嬢は。」
田神は私に当て付けのように叫んで両手で顔を隠したが、刑事二人はお互いの顔を見合わせ、それから私を二人同時に見返してきた。
「何?」
「キッチンに遺体がありました。小分けされてビニール袋で包まれた状態での放置です。本当に気付きませんでした?」
私は小汚いコンビニ袋の山を思い出し、そして、部屋がとても強烈に臭かった事を思い出していた。
死体損壊(刑法190条)もかよ!
「そうか。あの腐った臭いは死体か。人間も腐ると生ゴミみたいな臭いになるのね。」
ぱしり、と再び田神に叩かれた。
「何よ?」
「おかしい状態に出会ったら俺を呼べばいいだろう。」
「あら、休憩中じゃあなかったの?それに、あたしにはただのゴミにしか見えなかった。汚いものをじろじろ見る趣味はあたくしにはございませんの。それで刑事さん、そのゴミ袋の死体は熊谷茂が殺した赤の他人じゃなくて?」
「……指紋で熊谷茂と断定されました。熊谷は以前に女性への暴行容疑で逮捕されていましてね。それから、あなたには死体と認識出来なかった事はわかりましたが、あなたには熊谷茂に成りすまそうとする人物に思い当たりはありませんか?」
「知らない。ここに来たのも登記申請書に記載されていた住所を元に、だもの。じゃあ、あたしは用事が済んだので帰ります。帰っていいですよね。」
「いいわけが、あるか。」
私に反対の意を唱え凄んだのは、刑事ではなく休憩時間中だと主張していたはずの私のお付の者であった。
「料亭のご飯はいらないの?あたしはいつでも食べれるけど、あなたは自腹で折鶴に行けるのかしら。あら、あら、ごめんなさい。紹介が無いあなたでは予約自体入れられませんでしたわね。」
田神はもう一度私の頭を叩きたい顔をすると、それから刑事二名に向き合ってスッと頭を下げた。
「まことに申し訳ありませんが、お嬢様は衝撃を受けておられる様子で聴取に応じられる状態ではございません。後日改めて出頭させていただきたく存じます。」
それを最初に警察に言っとけよ、と私が声を出す前に、ぐいっと殆んど抱えられるようにして私は田神に車まで引きずられて乗せあげられた。
行き先は料亭折鶴。
我が折詰グループが誇る店だ。
今林徳三がその舌と技術で創作と伝統を融合させた幾千もの料理で政界の人間ややんごとない身分の方々まで魅了していたという、伝説を持つ一見さんお断りの高級料亭。
オーナーは私だ。
そして、折鶴の味を再現しているのは、私の母、だ。
彼女は祖父の一番弟子でもあったのだ。