ヨッシーは復代理人
復代理とは、代理人が自己の権限内の行為を行わせるため、さらに代理人を選任して本人を代理させることである。
私が寛二郎の代理人であるというならば、私によって警察に説明の義務を押し付けられた田神は、私に選出された復代理人といえるかもしれない。
復代理人は本人の代理人だと示すだけに事足り、わざわざ本来の代理人、原代理人の代理人だと伝える必要はない。
つまり、田神は寛二郎の代理人だと言っちゃえば事足りて、本当は私の代理人なんだと警察に伝えることなく私の保護者ぶってくれればいいだけなのだ。
しかし、復代理人についての選任および監督について、原代理人は本人に対してその責任を負う。
田神の失敗は私の失敗ともいえるのだ。
私は田神に「うまくやれよ。」と声をかけて、社用車に潜り込もうとした。
「ふざけんな。俺は休憩時間だ。」
休憩時間だったからか田神は慇懃さを完全に失ってしまったようで、少々不穏当な返答を返してきた。
私は車に乗り込む動作のまま暫し固まり、寛二郎と似ている融通の利かない男を見返した。
なんと、彼は私を見下ろして、不機嫌どころかニヤニヤと笑っているではないか。
「自分でやった事は自分で後始末をしませんとねぇ。」
田神を私の付き人に指名したのは一応寛二郎となるとしたら、本人による指名の復代理人が不適任または不誠実であることを知ってしまったらどうするべきであろう。
そう!
本人への通知または復代理人の解任を怠った場合に原代理人が責任を負うという民法105条の2に基づいて、私は田神を解任すべき時に解任するべきであるのだ。
いや、解任してやればよい。
「無職は怖いぞ。」
「パワハラと不当解雇の訴訟はもっと怖いぞ。」
「あたしに脅えてんのかよ!嘘付き!さぁ、行け、ヨッシー!」
私は田神の背中に両手を置いてぐいっと彼を前に押し出すと、田神が叛乱する前にと車に乗り込んで、ドアが壊れるほどの乱暴な動作でドアを閉めた。
田神は私に対して厳つい顔をパグみたいな皺くちゃにして見せ付けると、私の代わりに警察が立ち動いている場所に向かって歩き出していった。
「あたしはちょっと考え込みたいの。」
思ったほど太くはなかったどころか、すらっとしていた背中に向かって私は呟いた。
私の熊谷への行為はただの復讐行為だったかもしれないと、一応私は自分を反省しているのだ。
他者へ警戒心を持てないという障害を持つ母を知る者によれば、彼女が人並み以上に美しいがゆえに、幼い時から性犯罪の的となっていたそうだ。
曽祖父はそんな彼女の境遇を哀れみ、学校が終われば必ず自分のそばに置き、絶対に家族以外の男性と接触させないようにして守っていたのだ。
十六歳になったばかりの彼女はさぞ美しかったことだろう。
癌を告げられた曽祖父は母を寄宿舎つきの女学校に母を押し込んで、医師の語った半年の余命ぴったりにこの世を去った。
家に閉じ篭ったままでも生きていける財産を彼女に残して、だ。
美しい女相続人は、それだけで犯罪者を呼ぶというのに。
熊谷の語り口で、あいつも母を虐待していた男の一人だった筈だと私は確信した。
だからこそ、私はあいつを必要以上に大怪我を負わせたのである。
そして、そんな事をしておいて、私は目玉ぐらい潰してやれば良かったと後悔しているのだ。
この性格はろくでなし克寛のものか、残っている母への思慕の情によるものか。
「おーい。お嬢。お前もここに来て警察に説明しろってさ。」
「子供の使いもできないのかよ!田神!それに、あたしをお前って、なんだよ!」
「俺は休憩中だって言ってんだろ。出て来いよ。犯罪現場でお巡りさんに協力しないと、軽犯罪法第1条の八にひっかかるぞ!」
畜生、元マワリめ。
私は蹴り上げるようにして車のドアを開けて降りると、にやにやしている田神が立つ警察官達の輪の方に歩いていった。
民法105条の復代理人を選任した代理人の責任は民法改正によって削除されていました。
ハハ、マジかよ。
しかし、ここのやり取りは当時の105条あってこそなので、このままにします。