女に危険を成すものならば正当防衛は成立する
自分に向かって伸びて来たいやらしい熊谷の手!
私は怒りのままコルセットの骨を一本引き出すや、熊谷の目元をしたたかに打ちつけた。
「ぎゃあ!」
大きな熊谷の叫び声があがり、彼は痛みで顔を両手で覆った。
私が取り出したコルセットの骨は、金属ビーズの通った皮のリボンが何本かついているという、普通に護身用の小型の鞭である。
コルセットに装着時には皮のリボンが幾重にも流れる装飾品にしか見えないが、できる限り痛みを与えられるように改良を重ねたものだ。
勿論私が考案したものでもあるが、元防犯部長の伊藤と妻加藤の監修という、聞いた誰もが顔を赤くして恐れる品なのだ。
「うああああ。」
「うっさい!」
ダン!
「ぎゃあ!」
鞭の痛みに頭を抱えたマレーグマのようになっている熊谷の無防備なたるんだ腹を、月の彼方まで離れて行くほどの勢いで私が蹴り飛ばしたのだ。
残念ながら彼はそんなに離れていないリビングの壁に背中を打ち付けただけで、私からはるか彼方に飛んでくれなかったが、彼の背中も腹もかなり痛かったようだ。
ズルズルと床に転がると、声にならない声を出して少し呻いていた。
少しなのは、今や熊谷が身を起こして体勢を整え始めたからである。
「てめぇ、この糞餓鬼が!ただで済むと思っていやがるのか。」
口から涎を垂れ流して凄むが、私は脅えるどころか私こそが襲撃者だ。
「あら、私が警告したでしょう。警告を無視すれば大声があがりますよ、と。あなたは良いと答えました。もっと大声をあげさせてさしあげましょうか。」
「この餓鬼!」
大人の男の全力で152センチしかない女を襲えば、普通はひとたまりもないであろう。
普通に突っ立っているだけであれば。
私はガラス窓に張り付くように立っており、当たり前だが危険回避能力というものに従って、自分に真っ直ぐに突撃してくる男を避けた。
ガッシャーン。
私の鞭で涙目だった男は、私の鞭を避けるためにか頭を下げて顔を隠す格好で飛び出してきたがために、可哀相に、自宅の窓ガラスにぶち当たってガラス窓ごと庭に落ちた。
身体中にはガラスの破片の傷ができ、血まみれとなった男は動くことができない。
「あら、あら、大変。救急車を呼ばないと。」
一応録音しているのだ。
人命救助の一言ぐらい必要だろう。