お前なんかと分けてたまるか! 共同相続人
うわお!
この弛んだクマが共同相続なんて言い出すとは!
「僕と美津子、同じ徳三の孫同士、仲良く土地を分けたんだよ。美津子の相続分は僕の母の昌子と美津子の父政春が相続する分の、早世した政春の分を代襲相続したものでしょう。だから半分は僕の物ってことだ。」
私の土地を分割取得した申請でなく、土地を丸々手にしようと名義変更の申請書を提出していた男がほざいた。
「そうですね。共同相続人は法定相続分の取得について、登記なくして対抗でき、また、民法909条に、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる、とありますものね。」
「そうだよ、そうなんだ。君はそれで僕が正当な相続人だと認めてくれるね。」
「いいえ。」
「どうしてだ?」
「なぜならば、今林徳三は亡くなるまで三度にわたって正式な遺言書を残しておりまして、1度目は母美津子を全寮制の学校に押し込んだ時、二度目はその三ヵ月後、三度目は死に際して弁護士立会いの下に録音と弁護士作成の遺言書に署名いう形で残しています。すべて同じ文面。現金二億五千万のうち相続税を引いた後の金額の二分の一を娘昌子に、残りの金と土地は全て孫の美津子に残すというものです。お母様から何も聞いていらっしゃらないのですか?」
すると、熊谷はハハハと嫌らしい笑い声を立て、なんと私の背中をぽんぽんと叩くではないか。それも、撫で上げるように、だ。
「私の背中に触れないで下さい。これは痴漢行為です。」
「ハハハ。すごいね。あの美津子の子供とは思えないお利口さんだ。あいつは何でも信じて、誰にだって股を開くからね。」
本来であれば、母を侮辱されたと子供である私は怒り狂うべきであるが、私の内には静かな悲しみだけが湧いていた。
母は普通の時間を生きていない人だ。
美しいものだけが存在している世界の住人であり、出会う人すべてが親切で素晴らしいと信じており、他者への警戒心など持たないのだ。
これは彼女が持って生まれた本当の障害である。
脳の欠陥なのか単なる発達障害の括りとなるのか知らないが、母は襲いかかるスズメバチの大群でも、猛り狂ったヒグマにさえも手を伸ばせる人間だ。
警戒心という必要な物が備わっていない美し過ぎる彼女は、だからこそ私を十七の時に産む事になり、それを理由に右腕の機能を殆んど失いかけるほどの怪我を受けたのだ。
彼女の外見と無垢な心をひたすら愛する男がその襲撃者であり、愛情と償いで彼女に全てを捧げる勢いで尽くしているのが皮肉な話だ。
「そうか。それじゃあ、こうしない?これから君と結婚しようか?」
熊谷という男は私の腰を抱こうとしたのか手を伸ばしてきたが、私がその手を避けるように動いた為か尖ったコルセットの鋲で手のひらを少々傷つけたようだ。
彼からちぃっと大きい舌打の音が聞こえた。
「勝手に私に触れようとするからです。次に触れたり、あと二センチでも近付いたら大声があがります。よろしいですね。録音だってしているんですよ。」
「おお、いいともよ。きどりやがって。誰の子供かわからないただの私生児が。」
熊谷は私のスマートフォンを掴みあげて、そのまま壁に打ち付けるように投げ飛ばした。
そしてその乱暴な手は、当り前のように私に伸びた。