私があなたの代理人であなたが私の代理人?代理人の要件
私は代理人だ。
自分の財産のために動いているのだとしても、本来私の財産を守るために動くべきは誠二郎なのであり、私が動けない寛二郎の命を受けて動いているのだとしたら、今のところは寛二郎の代理人だといえるだろう。
代理人による代理行為はすべて委任した本人に帰属するものであるから、私が未成年だという行為無能力者であることが問題になる訳はない。
しかし、私の為した行為が寛二郎に帰属するのであり、彼がその行為を私が未成年であるからと取り消すことはできないのであるから、私は運命共同体である保護者を守るために慎重であるべきだ。
田神に乗り込むと嘯いたのは彼を見極めるためであり、彼は残念ながら合格だ。
私には私を諌める人が必要なのだ。
ついでに「罪悪感」をドライブ中に田神に植え込んだのだから、彼は私を守るであろう。
パンパカパーン!私は自分を諫め守るというアイテムを手に入れたのだ!!
自分はなんてろくでなしなのだろうと頬を緩めると、私の財産である土地を奪おうと目論んだ馬鹿な男の家に私はあがりこんだ。
母の従兄とは思えないほど大柄で老け込んでいる男は、玄関に入り込んできた私に驚き、そして、嘘くさいほどの慇懃さと馴れ馴れしさで私を屋内に招いたのである。
彼の家は大き目の新築の4LDKであり、都内の物件であれば土地を含めて一億位するものであろう。
私を招いたリビングダイニングルームは家具があっても使い込んだ様子もなく、しかしながら部屋の隅にはコンビニ袋が乱雑に纏めてあり、内側が赤黒い物で一杯のそれらの袋は、何かが腐っているような強烈な臭いを発していた。
この家の空虚感と乱雑さは、まるで家庭生活を知らないホームレスが家を与えられたばかりという印象だ。
大きな素晴らしい家で好きに暮らせと言われても、料理を作ることもできないし、部屋の掃除だって、あるいは自分好みに家を飾ることさえ思いつかない、そんな感じなのだ。
「大きくなったねぇ。覚えている?小父さんのこと。覚えてないか、君はまだ三歳だったものね。」
「すいません。私は自分名義の土地が熊谷さん名義になる理由を聞きに参っただけですから。これからの会話を全部記録していていいですか?」
嘘一つ目。
だが、私のセリフに名義変更が叶ったと思い込んだか熊谷は頬を喜びで高潮させ、今にもハレルヤと踊りだしそうな浮ついた声を出した。
「いいよ。まるで、夏休みの自由研究みたいだね。」
「それに近いように私にも思えます。」
私は卓上にスマートフォンを置き、これみよがしに録音に設定した。
熊谷は私の行為にくすりと笑い声を立てたが、私は別に持っている無線機にも電源を入れている。
外で田神が控えながら私と熊谷の会話を聞き取り、いざとなったら彼が屋内に飛び込んでくることだろう。
「それでは、熊谷さんの名義に私に連絡なく変更されようとした理由をお聞かせ願います。あと、私似の女性をお連れだった理由も。」
「あれ、嫉妬?心配しないでも、僕は君が一番だよ。」
熊谷は私の右手の甲をさらっと指先で撫でた。
「勝手に私に触れないで下さい。それでは、名義変更の理由だけお聞かせ願います。」
「でもねぇ、理由って言われてもね。あれは詐欺で僕から奪われたものだからさぁ。本来の持ち主の名義にして何が悪いのかな。」
「勝手な登記は相続欠格者であると告白しているようなものですよ。それに、相続による権利取得自体を第三者に対抗するためには、登記など必要としないのです。つまり、私に現在登記が無くとも、私はあなたに正当な相続人だと対抗する事が出来ます。ですから、あなたの行為は無意味でしかないですね。」
「生前に遺産相続で相続人を指定してもね、その相続人が登記を済んでいない間に被相続人が別の相続人を指定していたらどうだろう?つまり徳三さんが君のお母さんを相続人と指定したけど、君のお母さんは登記も出来ないお馬鹿さんだからさ、僕に相続させることにしたって事だ。」
「ハハっ。登記未了の間にあなたが指定されていたと仰られてもね、その場合は登記の具備の有無を持って物権変動の優劣が決しますから。相続人の母は被相続人である今林徳三の死を受けてから登記がすみやかに行われています。はい、あなたがおっしゃったその場合でも、あなたには自分の物だと主張する権利はありませんね。」
「違うよ。共同相続だと言っているんだ。」