私のものだと知っているけど私のものじゃないとした人がいるかも
私達はほとんど同時に踵を返して車へと歩き出し、歩きながら田神が当たり前のことを私に尋ねてきた。
「他の店舗にも行きますか?」
「必要ないでしょう。」
「どうしてですか?」
「この店舗だけが私がオーナーなの。ここが他と違っての特別仕様なのはね、この店舗のある土地建物が私のものだからよ。正確にはママの財産だったもの。」
田神は真面目な護衛官にあるまじき口笛を軽く吹き、当たり前の返しをした。
「ビルのオーナーだなんていいですね。」
私の嫌いな言葉である。
いつもは聞き流すのだが、ついさっき橋本の裏切りを受けたばかりだからか、寛二郎似のこの慇懃な男の心を揺さぶってみたい気持ちが起きたのだろう。
「良くないよ。再婚したママがあたしを置いて出て行った時の手切れ金だからね。」
「まさか。」
「本当。あたしに譲渡された日がママの結婚した日。あたしが三歳になった誕生日であるその日なの。あたしの誕生日と、ママの結婚記念日と、ビルの所有権移転が一緒の日であるのって皮肉よね。登記簿を見てみる?」
私はどうしてここまで田神に吐露したのかと考えながら、本社に戻る前に私は登記簿を調べに行くと高部に連絡をいれていた。
連絡を入れながら、私は不動産登記法の28条が頭にちらついていた。
名義人等の表示変更登記の申請。
登記名義人の表示の変更の登記は、登記名義人のみにて之を申請することを得る。
私の姿を模倣した女と保護者に見える成人男性。
それから、知識として知っている地面師という詐欺師の存在。
彼らは詐欺を行う前に、他人の土地の名義変更を勝手に行うのである。
物権には排他性があるため、ある者がある物につき物権を取得すると、他の者がその物について両立し得ない内容の物権を取得することができなくなることから、取引の安全を図るために外部から認識できるように物権を公示することが必要となる。
不動産では登記をすることがこれに当たる。
これを公示主義と言い、この公示内容に対する信頼を保護し、物権取引の安全を図るための制度が公示の原則と公信の原則である。
公示の原則とは、物権の変動があればこれに対する登記や占有などの公示においても変動を伴わなければならないとする原則であり、公信の原則とは、公示を信頼して物権の取引をした者を保護し、正当な物権の取引をしたのと同様の法律効果を認めようとする原則だ。
質屋に並んでいた高級時計を買った後日に盗品だったと店から連絡があったとしても、その時計は真っ当な商品として売られていた公示の事実があるのだからその時計の権利は揺るがない、というものであり善意の第三者を保護するものでもあるのだが、不動産に公信の原則は採用されていない。
所定の書類などを用意できれば、所有権者じゃなくとも登記できるからでもあろう。
だがしかし、不動産所有者が知らない間に勝手に他人によって登記移転がなされた場合でも、所有者が不実の登記がされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、所有者はその不動産について法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を収得していないことをもって対抗することはできない。
犯罪の可能性を知ったのだから、私はこれから被害に遭う善意の第三者のために動くべきなのだ。
私の権利を守るためには、殊更に。
「別に、俺が登記簿を見ても。」
「いいから。不安ができたらそれを解消すればいいの。ガスの元栓を閉めたか不安だったら、家に戻って確認すればいい。そうでしょう?」