条例なんてくそくらえ
私はにこやかに、けれどお断りは許さない勢いを込めてもいた。
まあ、私が勧めた曲が嫌だと彼が思えば、彼こそ私の護衛を降りるだろう。
「いえ。自分も知っているバンドですので大丈夫です。」
え?うそうそ?
「インディーズバンドなのに?」
「メタルは好きですから。」
なんと私の勘違いであったのか。
彼は寛二郎でなく、牧チョイスに違いない。
寛二郎に足りないメタル要素を備えているなんて、これはもう理想の男なのかもしれない。
彼が今後必ず私につき従うというのであれば、大阪でやるメタルのビッグイベントにも今年の夏は参加できるかもしれないのだ。
私は田神の右手を無意識の内に両手で掴んでおり、厳つい彼の両目を覗き込んでニタニタと笑ってもいた。
そのせいで、田神は顔を真っ赤にして物凄く困った顔になってしまった。
女子高生に赤くなるなんて、なんて純朴な人だろう。
「あ、あの。自分はですね、本日は犯人探しなどせずとも学校に行かれるべきだと思うのですよ。苛性ソーダを人に仕込める人間など、常識の範疇外ですからね。」
「でも、今日の夕方の六時までに何かをかんちゃんに渡さないと、あたしの明日は真っ暗闇になってしまうの。」
「真っ暗闇とは?」
「あら、知らないの?かんちゃんはあたしを門限六時の世界に落そうとしているの。それじゃあライブに行けないじゃない。いい?行くの。絶対にライブに行くの。良くて?」
「あそこは危険な店ですよ。」
「知っているの?」
「元刑事です。自分の所属は生活安全課でした。」
どうして彼が私のお付に選ばれたのか、私はここでなんとなく理解してきた。
こいつは鋼鉄の魂に何枚もの偽者の皮を被っての私への造反者だ。
では、田神の偽善の皮を剥ぎ取って、私に造反できないように彼の鋼鉄の魂を呼び戻すにはどうするべきか。
私こそ猫の皮を脱ぎ捨てて、コイツを調教する女王となれば良いのである。
「畜生。いいよ。とにかくこの家を出よう。行き先は秋葉原。」
「え?どうしてですか?」
「そこに目的の店舗があるからに決まっているじゃない。かんちゃんが食べた蕨餅はそこの限定品になるはずだったものなの。」
「わかりました。それで学校は?平日ですよ。」
「お休みします。お休みです。休みなんだからね。行きますよ。」
私はダイニングの椅子から飛び降りると、手近においてあったヘッドドレスを被り、私の言動と姿に途方にくれている男を放って歩き出していた。
白地に小さな黒バラ模様があるワンピースは、腰から膝上まで逆さのチューリップのように膨らんでおり、下部と反対に上半身は黒のコルセットで閉めてあるぶんコンパクトだ。
裾も袖口も黒色のフリンジタッセルで飾られており、袖は流れるようなラッパ型の長袖である。
つまり、私はゴシックロリータ姿であるのだ。
昨日に牧と買ったのは、この服の下に着る下着ばかりだ。
当り前だがこういったドレスは、洗濯機洗いが不可どころかクリーニングにも気を付けねばならない芸術品でもある。
けれど、中に着るものを変えれば何日でも着倒す事が出来るという、学校の制服のようなものなのだ。
そして寛二郎はこの格好を物凄く嫌がっている。
女の子は素朴さと純粋さの溢れるお洋服を毎日取り換える生き物だと彼は考え、尚且つ私にそのようであれと望んでいるのである。
けれど、ゴシックロリータとは、もともとハードロッカーが好んだ服であるのだから、メタル好きの私が着用するのは理にかなっているではないか。
そして、これは変装にもなる。
茶髪のカツラを被って厚化粧をすれば、学校での真面目な優等生の今林美緒は姿を消す。
異様な姿であれば、知り合いどころか補導員だって声をかけてこない。
私が私でいられる服、なのだ。
それが私が思う私であれば。




