怪盗の贈り物
夜桜枝垂れ、花吹雪。満月過ぎて、十六夜。久方星屑降り注ぎ、小川ささやき夜風舞う。春の夜月見幻惑の時、仮面の男がしゃがみ込む。
霊樹と名高き桜の御影に、人の赤子が眠って居る。白のおくるみ守らんと、霊桜枝振りこれを隠す。畏怖さえ覚える魔力を宿す赤子がふに、と手を伸ばす。
男は、突然の友人の来訪――それも首の据わらぬ赤子を伴っての来訪――に、慌てる前に呆れ返った。
「お前な、捨て子だとか拾い子だとか、そーゆーことはどっか専門の部署に」
「だってお前、県議会議員になったし」
「なったけど」
「俺、本職怪盗だし、まっとうな暮らしはさせてやれねえ。だから、最も信頼のおけるお前に預けることにした」
「はあっ?」
唐突な話に目を剥く男は、ただただ友人の仮面の下の笑顔を見た。
「赤ん坊相手にしてりゃ、その仏頂面もなんとかなんだろ。じゃあな」
言うが早いか、友人は来た時と同じく窓から去って行った。
男は呆然と立ち尽くしていた。そこへ、窓から桜の花びらが舞い込んでくる。託された腕の中のぬくもりがわずかに動いた。男はしばらく、窓からの来訪者を見つめていた。
時は驚くほど速く過ぎていった。あれよあれよという間に、娘は目まぐるしく成長する。ある日娘は言った。
「父上は自身を嫌いすぎだ。わたしは父上のこと、好きだぞ。わたしの意見をまっすぐ言えると思えるくらいには信頼しているし、真正面から喧嘩したいと思うくらいにはまっとうに相手をしてくれると思っている」
不意打ちだか夜襲だかと等しい衝撃に、男は言葉を返せなかった。娘は静かな黒目で続ける。
「父上が思っているほど、父上は人との付き合いが下手ではないよ。捨て子で人との接触が最低限だったから付き合い方がわからないというのは、過去の話にしてしまって良い頃じゃないか」
「……娘よ。それを誰がもたらしたと思っている」
「その質問とその答えに、意味はないと思うが」
「そうか。……そうだな」
妬いちゃうなあ。
つぶやく怪盗は、それでもその邸宅に入り込むことはなく、夜の仕事に向けて準備を始めようとその場を後にした。さて、今日盗った獲物はどこの孤児院にくれてやろうか。
『おい、また拾ったぞ。今度は男のがきんちょだ。その嬢ちゃんの兄貴にしてやんな』
『またか! お前っ、ちゃんと宝物盗れよ! 子どもばっかり拾ってないで!』