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ヒメジョオンの花びらのような

作者: 加糖二次

 蟻はさまよっていました。

 生きるために地べたをはい回っていました。

 ただひたすら。

 そうして、あたり一面うす桃色のヒメジョオンが咲きみだれる野原に、さしかかったときです。蟻の目に、かろやかに舞うアゲハチョウの姿が映りました。

 きいろとくろ、そしてだいだい色が、心に染み入りました。

(私もあんな翅がほしいな。ほんの少しでいいから、とんでみたい)

 そのとき、アゲハチョウを狙う黒い影に気がつきました。

 ひばりです。

「アゲハチョウさん! はやく、こっち」

 蟻が指し示す先には、すき間をあけて並ぶ大きな石ころがありました。

 逃げるアゲハチョウを、ひばりがもうスピードでおいかけてきました。

 間一髪、ひばりのクチバシは空振りに終わりました。

「ちっ。余計なことをしやがって」

 ひばりは蟻のほうへ向き直ると、とびかかってきました。

 あわてて、蟻もすき間へ向かいました。

 おそいかかるクチバシに、右手を打たれました。

 おちついたころ、アゲハチョウはヒメジョオンの花びらをひとつ摘んできました。そして、蟻のサイズにあわせて細く切ると、傷ついた右手に巻きました。

「お礼をさせてください。私にできることならなんでもします」

 蟻はアゲハチョウの翅を、横目で見ました。が、すぐにそらすと、

「そんな、お礼だなんて……。気にしないで」

といいました。

「それよりも、お友だちになってくださいな。

ね、アゲハさん」

「ええ。ええ、もちろんよ。ずっとずっと友だちでいましょう」

さわやかな風がとおりぬけていきました。

 二週間後のことです。

「どうしたの。しっかりして」

 いよいよ夏が始まるというのに、アゲハチョウは、柳の根元で力なくうずくまっていました。

「蟻さん。そろそろお別れです。今までありがとうね」

「どうして。病気なら治しましょうよ」

 アゲハチョウは、力なく顔を左右に振りました。

「病気じゃないの。寿命よ。でも悲しくないわ。蟻さんのおかげで最後まで生きのこれたのですもの」

「アゲハチョウさん……」

 蟻は涙をこぼしながら、アゲハチョウを抱きしめました。

「私の翅を……あなたにあげる。あなただったらいい。どうか使って……」

 つぶやくと、アゲハチョウはまったくうごかなくなりました。

 蟻は薄目をあけました。

 なきがらとなっても、翅はきらびやかなままです。

 なんとはなしに、翅をつけた自分の姿を思い描きました。

 くすぐるように胸が高まりました。

 震えが止まりません。

 引き込まれるように、右手が伸びました。

(かまわないよね。アゲハチョウさんだってあげると言ってくれたのだから)

 そのとき、右手に巻かれたヒメジョオンの包帯が目に入りました。しおれて、硬くなっているのに、まだ捨てきれない花びら……。

 ふと、翅をむしられたアゲハチョウの姿が浮かんできました。

――ずっとずっと友だちでいましょう

 蟻は、伸ばした手を引っこめました。

 そして、思いも新たに、なきがらに土をかけました。

 翅が少しずつ見えなくなっていきます。

 出来あがった盛り土の前で、目をつむって手を合わせました。

 初夏の星空に、ひかえめな風が流れていきました。

 静かに……。

 妙なひややかさを感じて、目をあけました。

 息をのみました。

 ガラス細工のようなアゲハチョウが、夜空を舞っているのです。

 夢を唄うようにはばたいています。

 透明なアゲハチョウは、らせんを描きながらに、天に昇っていきました。

「よかった。ほんとうによかった」

 涙を浮かべて見あげる蟻の背中に、いつのまにか、ヒメジョオンの花びらのような翅が二枚ついていました。

 お日様色に輝いていました。


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