喫煙者に厳しい世の中(物理的に)8話
休憩を済ませた私達は再び狩りを始める、兎狩りでしっかりと意識をして剣を振っていたおかげか、バッタの首を刎ねるのは安定した。
そのおかげで午前中から良いペースでバッタを倒しているのだが、それでも15時を過ぎてもレベルは上がらなかった。
「北原無理はするな、今日中にはレベルが上がらないだろうからな、剣筋がぶれているぞ?」
疲れと焦りで北原君の剣筋がぶれて一撃で倒せていたバッタに2度、3度切りつける場面が増えてきた。
反論しようとした北原君だが、雄兄が睨みつけると、深呼吸をして、すいません、と謝る
「確かに速く魔術を使ってみたいという気持ちはわからないでもないが、魔術だってお前が思っているほど便利じゃないし、派手な魔術を使って戦闘場面を盛り上げるとそれだけ精神的な疲労も激しくなるんだ、だからあまり過剰に期待するとがっかりすることになるぞ?」
雄兄の言葉に北原君は首を傾げる、そんな二人の会話にキララ嬢が割り込む
「がっかりってどういう事なんですか?」
キララ嬢にとって魔術が動画映えしないというのは、死活問題だ。その為に雄兄の言葉を見逃せなかったのだろう。
「お前達が覚える魔術は、固有名詞によって発動する形状や消費する魔力が決められているわけではなく、自分が起こしたい現象に魔力を注ぎ込むことで発動する」
雄兄はダンジョンの壁に背中を預けると、一度言葉を切って私達の方を見る。
私達もそれぞれ、体を楽にして、雄兄の言葉を聞く、若干オーバーペース気味だったのだろう、キララ嬢は三橋さんが用意した敷物の上にべったりと座りこんでいる。
全員が思い思いの形で休憩をする中で雄兄は言葉を続ける。
「俺も自分で魔術が使えないからあくまでも部隊の他の魔術師に聞いた話だが、魔術を使う際に必要なのは、魔術の形のイメージ、発動した魔術の威力、魔術に付与する特殊効果、この3つに魔力が消費されるらしい」
大体雄兄が何を言いたいのかがわかった、つまりキララ嬢が望むような派手な魔術は魔術の形状、もしくは魔術の特殊効果に北原君のもつ魔力を消費しないといけないという事だろう。
当然、無駄な事をすると消費する魔力は増えるので、キララ嬢が望むような魔法を使えばその分だけ消費する魔力が多くなるという事だろう。
1回当たりの魔力の消費が多くなれば、1日に使う事が出来る魔術の数が減るので、その分だけ倒せるモンスターの数が減る事になる。
「だから結局キララが望むような派手な戦闘は北原の負担を考えると俺としては止める方向になる、それでも取得するのか北原?」
雄兄の言葉に私達は北原君の方を見るが、北原君は笑みを浮かべて
「当たり前じゃないですか、キララちゃんのためですもの!」
そういって笑ったのだった。
結局、そのまま狩りを続けたが、北原君のレベルが上がる事はなかった、週明けの月曜日も一日自分に狩りをさせてほしいと言う北原君に
「上がるまでではなく?」
そう聞くと、覚えたスキルを使ってみたいっすから!という答えが返ってきた後に、ちらちらとキララ嬢を見ている変わらない態度に私は、好意すら覚えてきていたので、雄兄に相談し北原君に次の月曜日は一日狩りをしてもらう方向で調整してもらった。
17時を回り、ダンジョンから出た私に、雄兄が近づいてくる。
「太郎、夕飯おごってやるから付き合え」
断ってもよかったのだが、さすがに雄兄が気の毒になった私は了承、近くの銭湯で汗を流しながら雄兄の仕事を終わるのを待っていた。
ゆっくりとお風呂を楽しんでから、私は風呂上りにコーヒー牛乳を片手にスマホを操作していた。
「これが例の動画サイトか」
風呂上り、私はスマホで、キララ嬢の所属しているグループのサイトを開いていた。
まだ本格的な活動をしていないからか、コンテンツは少ないが、その中で目玉なのであろう、アイドル達がダンジョンに潜っている動画のページを開いていた。
ページはそれぞれ個人毎に分かれていて、私は試しにキララ嬢の画像をクリックしてみると、三橋さんが取った動画が、日付事に並んでいた。
そしてページの目立つところには彼女の名前、その横に順位がでかでかと書かれている。
「43位、100人以上いる中では中の上ってところだねぇ、私なら満足できそうな順位だけど、アイドルなんてやってる子はやっぱり一番を目指したいものなのかねぇ」
何事もほどほどに頑張ってほどほどの成果を!の思考の私にはいまいち理解できない感情だ、頑張って1位になってもそれが努力に見合う物になるとは限らないと、言い訳をつけていつも頑張ってこなかったからね。
「次は人気順にしてみるかなっと」
私はスマホの画面を操作して次は動画の再生数の多い順に設定する、と、思わず私はうへぇと声が出てしまった。
「サムネの時点でもうあざといなぁ……」
画面に並ぶ、薄着の女性と過剰にデコレートされたサムネイル!といった画像が並ぶ、なるほど確かに比べればキララ嬢は地味だと言わざるを得ないだろう。
「うへぇ、がっつり背中を開いた服とか、ミニスカートとか、よくこんな格好でダンジョンに行くのを許可したなぁ」
ゲームやマンガじゃよくある格好だが、現実で見ると結構な違和感である、後結構な頻度で下着が画面に映っている、再生回数が多い動画になるほどに下着の見える頻度も多くなるというわかりやすさ。
「これは雄兄、というか自衛隊の人ぶちぎれしてそう」
何より問題になるのは、こんな格好の人間が入っても傷一つなく帰ってこれるという事だろう、命の危機があるから入口を閉鎖する、というのが政府の方針にもかかわらず、こんな格好の人間が平然と行き来しているのだ、その画面だけを見て政府を批判する人間は絶対に現れる。
「実際死人は出てるし、危険な場所ではあるんだよなぁ」
私達がダンジョンに潜っている時にもいくつかの遺骨を見つけているし、それを動画に収めていたりもする。
彼等はダンジョンを政府が管理する前に入り、死んだ人間である、そういった人間はかなりの数いるのだ。
だが自分に都合の悪い部分を見ずに物を言う人間は絶対にいるのだ、それを考えれば雄兄が不機嫌な理由も理解できる。
「自分達もダンジョンに入れろとか言ってるんだろうなー……」
そしてそれに対して政府はいつまで抑え込めるのだろうか、支持率は確実に下がってるらしいしなぁ。
「これは今日の晩御飯は遠慮なく高いもの頼まないとなぁ、相当愚痴が激しいだろうし……」
晩御飯への期待と長くなりそうな愚痴をどう受け流すものかと考えながら私は動画を眺め続けた。
私が動画を見たりして時間を潰し始めてから随分と時間が経ってから雄兄から電話がかかってきて
「今銭湯の前にいると連絡がきた」
「あれ?雄兄自分の車は?」
「ああ、俺は今日飲むからな、安心しろ、帰りは部下に迎えに来てもらうから」
「いやいや、私は飲めないのに横で一人だけ飲むとか、どうなの?」
私は雄兄を車の助手席に乗せると、横の雄兄はタバコを口にくわえたまま、火をつけずに上下させていた、私がタバコを吸わないことを思い出して火をつけなかったようだ。
「別に火をつけてもいいですよ?」
私がそう言うと
「持ち主が使ってないタバコの吸い殻入れに灰を入れるのは申し訳ないからな」
と言って、諦めてタバコを箱にしまった。
「タバコなんてよく手に入りますね、今高いんじゃないですか?」
詳しく調べていないが、輸入品を積んだの飛行機や船が日本に来ない以上タバコの数も足りなくなっているイメージがあったのだが、意外に国産タバコは多いのだろうか?と私が首を傾げていると。
「たけーよ、まぁ国産品のおかげでまだましだが、それでも前みたいに一日何本ものめるもんじゃないな」
と雄兄が嫌そうな顔をする。
「まぁ、レベルが上がったおかげか、喫煙中毒が出る訳じゃないんだがな、なんとなくタバコをのむのが癖だったから未だに抜けねえんだよ」
と続ける。
「そんなもんですか」
という私の問に
「そんなもんだ、あ、そこ左な」
と店までの道をナビゲートしてもらい、私は目的の店まで運転するのだった。
雄兄が案内してくれたのはチェーンの居酒屋ではなく、個人経営の居酒屋だった。
店の入り口をくぐった雄兄は店長さんらしき老人に一言挨拶をすると、「奥、使うぞ」と言って案内を待たずに歩き出すので、慌てて私も雄兄についていく。
雄兄について歩く、少し奥まった所に座敷があり、そこに上がると、私を手招きして呼ぶので、私は雄兄が適当に脱ぎ散らかした靴を揃えてから上がる。
すぐにメニューを持ってきてくれた女の人に
「とりあえず生1で、太郎は何にする?」
と聞かれたのでウーロン茶を頼み、メニューを眺める雄兄に
「それでここではどこまでなら話せるの?」
と確認を取る。
雄兄がわざわざこんな奥まった席に座ったのは恐らく私に色々と愚痴を言いたいのだろ、そしてその中には一般人は知らない方がいい情報もあるはずだ、私としてもあまり聞きたくない話だが、私との合流が遅れたのは、その辺の事情をどこまで話していいか態々上司に聞いてきたからだろうし、ここの代金分くらいは愚痴を聞き流すのもやぶさかではない。
「女将も大将も自衛隊と関係のある人間だから、たいていの事は話せるぞ、何が聞きたい?」
と雄兄が言うので、私は牽制がてらに
「それじゃあ、日本の銃火器は後どのくらい使えるの?」
と質問すると
「10年ぐらいじゃね?」
とあっさりと返ってきた。
輸入が行われていないせいで銃に使う火薬なども数に限りがあるのだ。
飛行機による、輸出入が行われないのはレベルが上がった人間が簡単に飛行機を撃墜するからだ。
レベルという物がなかった時は飛行機を落とすのは大変な作業だった、だが今は違う、森の中から弓一本で撃ち落とせるし、魔術師であればさらに簡単に飛行機を撃墜できるのだ。
もちろん落とすのだからその衝撃で中の荷物が壊れたり、無くなったりするものもあるが、魔術を使える者ならば撃ち落とした飛行機を空中で受け止めてゆっくりと地面に下ろすこともできるだろう。
つまり、今の時代、飛行機というのは、空飛ぶ棺桶なのだ。
とはいえ、飛行機が撃墜されたからと言って、飛行機を落としたのが誰なのか見つけるのは難しい、国が行ったことなのか、民間人が小遣い稼ぎにやったことなのかもわからず、誰も弁償してくれないだろう。
なので、現在外国からの飛行機は飛んでいないのだ、そして海に囲まれている日本が外国から物資を得るためには飛行機か、飛行機よりも遅い船かになる、しかし船も海賊の恐れがある為に、長距離の航行は難しい。
そんなこんなで陸路がない日本は現在世界から孤立しており、輸入も輸出も難しく、国内だけで全ての需要を見立つ必要があり、以前に比べれば物があふれているとは言いにくい。
「魔石がエネルギー資源になって本当に良かったよねぇ、あれがなかったら大変なことになったろうに」
現在日本で使われているエネルギー資源はほとんどが魔石によるものだ、〈魔工学〉のスキルを使う事で魔石から電気を生み出す発電機を作る事ができた、そのおかげで、現在日本は火力発電も原子力発電も行っていない。
これは日本だけではなく世界中がそうであり、その結果石油価格が大きく下落、その下落した石油を山ほど買ったのが、まだ輸出と輸入が行われていた日本だった。
もし、これがなければ日本は燃料不足に陥っていただろう。
自衛隊のダンジョンアタックチームが質のいい魔石を集めてくる日本の発電は落ち着いており、おかげでエネルギー問題も安定している。
「鉄や銅に関しても魔石から産んでいるんだがな」
そう言って雄兄はジョッキに入ったビールを一息に飲み干し、ぷはーっと満足そうに息を吐く。
「はい?」
私がビールを美味しそうに飲んでいる雄兄を見ていると雄兄が爆弾発言をしてくる。
「だから魔石から鉄や銅、金や銀を取っているんだよ、と言ってもすっげえ効率悪いけどな」
と雄兄は空になったビールのジョッキを振りながら私に酒臭い息で続きを話す。
「〈魔工学〉のスキルがあるだろ、あれ魔石の加工に関する知識を得るスキルじゃなくて、魔石から何かを生み出すスキルなんだよ。と言っても作れるのは魔石を利用して動く機械なんだけどな」
ビールを一口飲んで口を湿らせると、話を続ける。
「例えば魔石チェッカーだとか、魔石からエネルギーを生み出してる、魔石発電機とか、あれ、魔石が直接機械に変換されてるんだわ、そして、その機械を分解して中で使われてる鉄やら銅やらを取り出して企業に回してるわけだ、とはいえ、魔石から作られる機械は精々てのひらサイズだからそこから取れる金属も少ないってわけだな」
お通しを食べながらなんでもない事の様に、爆弾発言だと思われることを言ってくる。
「え、それって私が知ってもいい情報なの?」
私がネット等で調べた中にはなかった情報だが、この情報を知ったから消されるとかないだろうな。
「安心しろ、この程度の情報知ったからって消されたりしねえよ」
そう言って雄兄は手をひらひらと振ると、おかみさんにビールのお替りを頼んでいた。
私は運ばれてきた唐揚げを食べながら、これから雄兄の口から出てくる爆弾発言を想像し、とりあえず、1万円分は飲み食いしようとメニューの高い方から眺めるのだった。