2階層はウサギ(Not首刎ね)(5話)
私が初めてダンジョンに潜ってから三日が過ぎた。
LV2に上がった私達は現在地下2階に向かって進んでいた
「2階にはどんなモンスターがいるんすか?」
「2階のモンスターは大ウサギだな」
北原君の質問に雄兄がそう答えると、何故か三橋さんだけが嫌そうな顔をするので私達は思わず三橋さんの方を見る。
「ああ、いえ古いゲームをやった人間からすると、ウサギとクリティカルっていう言葉に苦手意識があるんですよね」
そういえばネット上でも未だに色あせないネタとして首狩りウサギは使われるね。
「安心してくれ、ウサギといってもはねてはこないから、二つの意味で」
見た目はウサギ、サイズは中型犬で突撃してくるモンスターらしい。
「……跳ばないんだ?」
「跳ばないんだよなぁ、まあ、ぶつかられたら結構衝撃はあるから油断はできないけどな」
下層に行けば普通に飛びかかってくるウサギもいるけどな、と雄兄が言う、なるほど、3次元戦闘は難しいから上層では跳ねないのかな?
「っと話してる間に2層への下り階段だな、ちゃんと覚えておくんだぞ、一応案内看板は置いてあるけど、あまり道を外れると迷子になるかもしれないからな、まぁ、5階までは携帯の電波もGPSも通るから心配なら、入口スマホを預けてくれれば専用の地図アプリをインストールできるから利用するのもいいかもな」
「まじっすか、電波もGPSも通るんすか」
北原君が雄兄の言葉に反応するさすがの私もこの発言には驚いた、なんでもありだなぁ、ダンジョン。
「ちなみに6階以降では電波とか通らないからな、20階を超えれば無線でも難しくなる、これもダンジョンの5階以降に君達を送らない理由の一つだな」
迷子になっても救助を送れないからなと、雄兄が言う、なんというか、本当に5階まではチュートリアルダンジョンって感じだなぁ。
「さて、今日からこの階で狩りをしていく、基本的には1階と変わらん、俺が動きを止めてお前達二人が倒す、いいな?」
2階へと階段を降りたところで雄兄が口調を変える、ここからは訓練という事だろう。
「できるだけ一撃で倒すように心がけてほしい、まずは動けない相手の急所をつくというのも訓練のうちだ、そうやっているうちに自然とモンスターの急所を覚えられるというわけだな」
「「了解です」」
私と北原君は雄兄の方を見て声を合わせて返事をする、別に声を合わせたりする必要はないのだが、なんとなく軍隊っぽくしようと北原君と話した結果である。
「まずは太郎から行くぞ、午前中は太郎、午後からは北原、明日以降は交互に倒していくぞ」
その言葉に頷くと、最前線である雄兄が、その後ろに私が付き、最後尾に北原君、間に挟まるようにキララ嬢と三橋さんが入る。
この数日の鍛錬で少しずつダンジョン歩きに慣れてきた私達のフォーメーションも最初に比べればましになっただろう。
「いたぞ、危険はないと思うが、一応気合は入れなおせよ」
雄兄は私達に振りかえると、私達が首を縦に振るのを確認してからいつものように飛び出す。
相変わらず速いが、めちゃくちゃ速いというわけではないんだよなぁ、目にもとまらぬとか、風を纏ってと言う表現ではない、にもかかわらず気づいたらウサギは足元に踏みつけられていた。
「不思議なんだよな……見えているはずなのに踏みつけた瞬間は理解できないんだよな」
それは確かにそうだ、私も雄兄が駆けだしているのは見ているし、敵に接敵しているところまでは見ている、なのにウサギが踏みつけられているところは認識できない。
「簡単な話だ、漫画とかで間とか拍子とか言うのを意図的にずらしてるからな、その辺はレベルが10になった時に実際に立ち会いながら説明してやるよ」
だからさっさと倒せと、雄兄が指さすので、私は剣を構えて慌てて駆けだす。
ネズミに比べると固くて中々首を落とす事が出来ないせいで何度も斬り付けるはめになった。
「まだまだ鍛錬が必要だな」
私の手際を見た雄兄が傷だらけのウサギの首元を見て言う。
素材の価値が下がるなどはないが、戦闘はなるべく短時間で少ない攻撃回数で済ませた方が安全だからこその言葉である。
「ネズミを簡単に倒せるようになって少し慢心していたのかもしれません」
レベルが上がるごとに楽にネズミを倒せるようになっていたが、多少剣筋がぶれても身体能力で無理やり倒していたのだろうと、今回の結果から気を引き締める。
「ま、危険がないから気が抜けるのもわかるが、変な癖がついたら大変だからななるべく一戦一戦気を引き締めて剣を振ってくれ」
雄兄はあまりクドクドと言わない、私は頷いた後に首を落としたウサギの胴体から魔石を切り出す、雄兄はそれを確認して次のウサギを探しに歩き出す。
私も剣を鞘に納めると雄兄を追いかけた。
それからしばらく狩りをして、私が10匹目のウサギを倒したころにちょうど昼を回ったので休憩に入る為に安全地帯を目指す。
1階で狩りをしていた時は昼はダンジョンから出て各自取っていたのだが2階から地上に戻ると時間がかかるので安全地帯を利用して休憩する事になっている。
「この先、二人も使う事になるからよく見ておいてくれ」
そう言うと皆が見ている前で雄兄は安全地帯に伸びている柱の上の石に触れると赤かった石が青くなる。
「これで安全地点内にモンスターが入ってくることはない、これは自衛隊が実験した結果だから安心してくれ」
それでも半信半疑の私達の為に、雄兄は実際にモンスターを広場の近くまで連れてきた後に石を青くするとモンスターはこちらを見失ったように、どこかへと行ってしまった。
「今日は俺がやったが、明日からは練習もかねて二人にもやってもらうからな、使い方は覚えておいてくれよ」
私と北原君は雄兄を見て頷いた、難しい事は一切ないようなので、私でも簡単に使えるだろう。
それにしても本当にダンジョンは便利だなぁ。
安全地帯でお昼ごはんを食べながら私は一応入口の方を見る。
入ってこないと雄兄から言われているし、何かあれば雄兄が対処してくれると分かっていてもなんとなく警戒してしまう。
「別に悪いことじゃないぞ、ダンジョンでは何があるかわからないんだから常に気を張る事は良い事だ、ただし、この後集中力を切らさないようにな」
そう言って雄兄が大き目の弁当箱を抱えながら私の行動を褒めてくれる。
「今俺達が使ってるこの場所だって何かの異変で使えなくなるかもしれない、ダンジョン内で地殻変動が起きるかもしれない、モンスターが下層から上がってくるかもしれない、俺達はダンジョンについて何もわかってないのだから気を張って悪い事はないぞ」
雄兄がそう言うと、北原君もコンビニで買った飲み物を飲みながら入口の方を睨みつける。
「さすがに今日明日で何かあるわけではないと思うがな、もしあったら君等二人のどちらかが主人公補正でも持ってるんじゃねえかな」
大きな口を開けてご飯を口に運ぶ、美味しそうにご飯を食べる雄兄を見ていると僕ももう少しおかずを入れればよかったかなと、自分用の弁当箱を見る。
「その時は私じゃなくて北原君でしょうね、年齢的にも見た目的にも」
私は北原君の方に笑いかけながら改めて北原君の容姿を見る、年は前に聞いたところ19歳で、身長は私よりも10cm以上低い160cm台とはいえ、体は引き締まっているし、顔も十分にイケメンと言える。
「確かに30近い小太りのおじさんよりはイケメンの方が画面映えはするな」
雄兄の言葉に私も頷くと、北原君は慌てたように私を見ながら。
「最近は30代が主人公のラノベなんかもありますし、もしかしたら太郎さんが主人公かもしれないっすよ」と私に気を使ったのだろう、慰めてくれる。
「そもそもどっちも主人公じゃない可能性のほうが高いから心配するな、それとも太郎は主人公にでもなりたかったのか?」
「勘弁してくださいよ、痛い思いをせずに生きたいんですから、補正マシマシで痛い思いして成功する人生なんてお断りです」
私が首を横に振ると、そうだろうなと雄兄が理解を示してくれるが、北原君は若干不満顔だ。
「考えてもみなよ北原君、ラノベの主人公とか元は地球の一般人とか言いながら、戦闘中に骨が1、2本折れても、骨が折れたかって言いながら戦闘するんだよ?お前のような一般人がいるか!だよ」
ひどい時には腕の1本くらいならちぎれてもそのまま戦闘をする逸般人か修羅だろお前っていう子までいる、逆に言うと、そんな無茶な人生を送らされるのも主人公である。
「考えるだけで嫌になる、私は痛い事が嫌いなんだよ」
私の言葉に雄兄以外は呆れたような顔をするが、率先して痛い思いをしにいくなんて性癖私はもっていない。
「さて、飯は終わったか?終わったなら出発するぞ?」
私達の何とも言えない空気を振り払うように雄兄が言葉を発する、どうやら皆食事は終わっていたらしく、全員が首を縦に振るのを確認した雄兄は立ち上がり。
「それじゃあ、午後からは北原が前、太郎が後ろだ、いいな」
私達は頷きダンジョン探索の午後の部が始まるのだった。
午後からの北原君も私同様に兎の首を落とすのに苦労をしていた。
気づかないうちに力任せに斬る事に慣れていたようで雑になっていたようだ。
北原君の戦闘を見守っていたら、キララ嬢がこちらに近づいてきて話しかけてくる。
「……太郎さんはスキルはどうするつもりなんですか?」
私が〈解体〉のスキルを取得することは内緒である、なので雄兄以外には、スキルの取得を聞かれた時には〈剣術〉と〈身体能力強化〉のスキルを取得するという風に説明すると相談していた
「私は〈剣術〉と〈身体能力強化〉のスキルを取るつもりだよ?」
「〈剣士セット〉と呼ばれているスキルですか?」
現在一番取得率が高いジョブは、〈武器スキル〉+〈体術〉or〈身体能力強化〉で取得できるジョブだ。
武器スキルが〈剣術〉なら〈剣士〉〈槍術〉なら〈槍士〉といった風に、武器スキルに対応する武器を持った時に、様々な特典が付くのだ。
〈剣士〉なら、剣を持った時、この剣というのはグリップの長さに対して、刀身が1.3倍以上と決められているらしい。
なので、包丁は剣にカウントされるが、カッターナイフは剣にはカウントされないという法則がある。
槍は、持ち手の長さが1メートル以上で、穂がついているものがカウントされ、穂がついていない物は棒として別物としてカウントされる。
このジョブやスキルは、同時に複数発動させることができ、右手に剣、左手に槍を持てば、剣術+剣士ジョブ+槍術+槍士ジョブの補正を受ける事が出来る。
「北原さんも同じスキルを取得するって言ってたんですけど、二人とも同じスキルをとっても役割分担が出来ないですし、佐久間さん、魔法スキルを覚えませんか?」
「すまないね、キララ嬢、僕は魔法にあまり興味がなくてね、脳筋なんだ」
私がそう断ると、キララ嬢はさらに何か言おうとして、そんなキララ嬢を見た三橋さんがこちらに駆けよる
キララ嬢はそんな三橋さんに機嫌を悪くすると、先を早足に進んでいく、残された三橋さんがすみませんと頭を下げる。
「いえ、別に謝られることではないんですが、私の取得スキルに何か問題があったんですか?」
私の言葉に三橋さんは少し悩んだ後に、私の耳元に口を近づけるとキララ嬢に聞こえないように
「前に言ったかもしれませんが、私達はダンジョン内での事を動画で上げているんです、今はどこも似たような内容なんですが、この先お二人がスキルを2つ所持すると戦闘の見栄えが変わりますよね?動画を見るのはアイドルファンがほとんどなんですが、やはり派手に戦闘する後ろで応援する方が動画映えが良いというか」
三橋さんが言い辛そうに頭をかきながら私に告げた。
二人とも近接戦闘よりも、どちらか一人、もしくは両方魔法のほうが戦闘が派手になるということだろう。
「そこは戦闘が地味になっても自分の魅力でカバーするくらいの事は言ってほしいと思うのは無理があるんですかね?」
そう私が笑って言うと三橋さんは苦笑しながら
「自信がないのでしょうね、アイドルなんて言ってもまだろくに活動もしてませんし、後はまぁ、彼女のルックスは際立っているわけではないですから、ね」
私が困ったような顔をしていると三橋さんは取り繕うように言葉を続ける。
「歌唱力やダンスではトップクラスなんですよ、それは間違いありませんし、彼女の魅力なんですがね」
第一印象という意味では他のアイドル達に負けると、それを自覚しているから焦っていて、私の取得スキルが地味だったのが不満だったと。
「北原君も剣術と身体能力強化を取って剣士を目指すそうでしてね、もし、佐久間さんが魔術系スキルを取ってくれれば嬉しいのですがねぇ」
三橋さんは私を見ながら笑顔を浮かべて言ってくる、が私はそんな使い勝手の悪い物を取るつもりはなかった。
「あいにくと、魔法には興味がなくて」
「そうですか、残念です」三橋さんはそれ以上何も言わずにキララ嬢の下に早足で駆けていった。
思ったほど口説いてこないなと思ってから、自分達が公務員であるという事を思い出す、あまりスキルの取得に口出しをできない立場なのだろう。
「中々難しい立場なのかもしれないなぁ彼等も」
私はキララ嬢と三橋さんの背中を眺めながら周囲の警戒に戻る事にした。