初めての魔物解体(4話)
「北原の意見は面白い意見だと思うが現在それを裏付ける物は一つもない、今はそんな事よりも君達の仕事の話を続けよう。倒したモンスターからは魔石を取らなければいけない、その為に腹を裂かないといけないんだが、二人は動物をさばいたことはあるか?」
雄兄の言葉に私は首を横に振り、北原君も首を横に振る。
私の友達には冬の間に鹿を狩る人間なんかもいるが残念ながら私はそういった経験はない、北海道の田舎者とて皆が皆野生の生き物をさばいた経験があるわけではないのだ。
「うむ、ならまずは俺がさばくから見ていてくれ、ああ、身構える必要はないぞ、モンスターの腹をさばいても血や内臓は出てこないからな」
そう言って雄兄は首のないネズミを仰向けにすると、腰からナイフを抜き、「よく見ておけよ」と言うとその腹を裂いて
「これを見ろ」
そう言って私達を呼ぶ。
呼ばれた私達は雄兄の手元をのぞき込むと、そこには空っぽの中に魔石が浮いたネズミの死体があった。
「なにこれ?」
私が雄兄に尋ねると、全てのモンスターが、このように体内には魔石しか入っておらず、頭の中も空っぽなのだという。
それは人型だろうと、動物型だろうと、昆虫型であろうと同じだと。
「人の常識では測れない生き物だよなぁ、モンスターって、ま、そのうち研究も進んで何かわかるんじゃないかね、今はモンスターの腹をさばいて魔石を手に入れる、それだけ覚えておけばいい」
「本当に魔石以外は取れないんですか?爪とか毛皮とか肉とかモンスター素材の定番じゃないっすか?」
北原君はネズミを見ながら雄兄に問いかける、確かにモンスター素材と言えば定番だよね。
「ああ、さっき池の水を持ち帰らないのかって聞いたな、その答えになるんだがダンジョン内の物を外に持ち出すと消えてしまうんだ」
そう言って雄兄はモンスターの爪と牙を一つずつ持つと。
「百聞は一見に如かず、このまま一度外に出てみようじゃないか」
私達はモンスターの素材を持ったまま一度ダンジョンから外に出た、出入り口から5分程度の所で戦闘をしていた為すぐに外に出る事が出来た。
「ほれ、見てみろ」
雄兄は私達に右手に爪と牙を左手に魔石を乗せた手のひらをこちらに向ける、10秒くらいが経っただろうか。
右手の手のひらの上に載っていた爪と牙はゆっくりと溶けるように消えていったが、左手に乗っていた魔石はそのまま形を残していた。
「これが俺達が魔石だけを持ち帰っている理由だな、一応新しいモンスターが現れるたびに持ち帰れる素材がないか試してはいるがこれだけ一つとして持ち帰ることが出来る素材はなかった、だからこそ、政府は君達に給料を支払っているのだよ」
その結果を見た北原君は心底残念そうに溜息を吐くと、
「残念っす、給料とモンスター素材で大金持ちになれると思ってたのに」
と名残惜しそうに消えていったモンスターの居た所を眺める。
「悪くない給料だと思うが、足りないか?やめるなら今しか受け付けないぞ、レベルが1になったらやめられないからな」
雄兄に言われ
「やめるつもりはないので安心してください」
とすぐに答える。
「これでも推薦してくれた叔父さんの顔を潰すような事をするつもりはないっすよ」
「そうか、それならよかった、それじゃ謎に思っていたことも解決しただろうし、改めてダンジョンに潜るとしようか、太郎のレベルが1に上がるまでは最後尾を頼むよ北原」
その言葉に北原君が頷き、私達は再びダンジョンに足を踏み入れた。
私達は再びダンジョンに足を踏み入れた、先頭の雄兄は何か謎の感覚でモンスターの位置を探っているのか無言でダンジョンを歩く。
私も素人なりに気を張ろうとしたのだが、慣れないことをすると失敗するからやらないほうがいいと雄兄に言われたので、今は何もせずにゆるゆると後をついていくだけにしている。
北原君はキララ嬢の後ろ姿を見れるのがうれしいのか、若干顔の締まりが失われており、それによって自尊心を満たされるキララ嬢は満更でもなさそうだ。
「遠足じゃねえんだぞ……」はぁっと雄兄の溜息が聞こえてきたが私はそれに苦笑を浮かべる事で返事をする。
雄兄の気持ちはわからないでもないが、実際私のこんなところも危機感の薄さからきているのだろうが、人間痛い目を見ないと分からないものだ。
「その為のレベルアップ後の3ケ月の講習期間なんですよね?レベルをあげて傷つきにくくした後に単独でモンスターと戦い痛みで危機感を養うんだよね?」
「そういう事だな、それまでは仕方ないというのはわかっているんだがなぁ」
実際最前線で命がけで戦っている人間からすれば歯がゆいのだろう。
「雄兄、私のレベルアップにはどのくらいかかりそう?」
さっき1匹ネズミを倒した時には残念ながらレベルは上がらなかった、一応経験値の入手には法則があり、困難であればあるほどモンスターの討伐後にレベルアップまでに必要なモンスター討伐数は減る傾向にあるそうだ。
目に見えないけどゲーム的な経験値のようなステータスがあるのではないかと現在検証が行われているが、詳しい計算式等はまだわかってはいないし、今後解明される見込みも薄いだろう。
「まぁ、時間はかかるだろうけど、午前中には二人ともレベルが1にはなるだろう、今日中に2は難しいと思うから、今日は二人ともレベル1になったところで上がりだな」
「随分ホワイトな日程みたいだけどそれでいいの?」
「これから退職までダンジョンに潜るんだから最初から無理する必要はない、というか一生無理する必要はないぞ怪我せずマイペースでやればいいぞ」
そう言って私の顔を見て雄兄は
「お前はあくまでも俺達のサポート要員だ、無理に戦闘技術を高める為に危険を負う必要はない、もちろん最低限の自衛手段は手に入れてもらうが、それもまだ先でいいからな」
雄兄の言葉に、この年で体を痛めつけるのが嫌な私は、頷くことで答えるのだった。
ダンジョンでの狩りを再開して2時間が過ぎたころ10匹目のモンスターを倒した時に体に強い熱が生まれた。
それと同時に今まで握るたびに若干のだるさを感じていたグローブが素手とまではいかないがバッティンググローブ程度まで抵抗なく握れるようになった。
「これがレベルアップ……かな?」思ったほど劇的な変化がなくて戸惑っていると私の様子を見ていた雄兄が近づいてきた。
「レベルアップおめでとう、思ったほどの力が感じられなくて戸惑っていると言った感じかな?」
「そうですね、劇的にパワーアップできるかと思ったけどなんだか、こう」
「まぁ、筋トレを続ける方がパワーアップできるだろうな、でもなレベルアップには筋トレとは違って大きな利点がある」
「利点ですか?」
そう尋ねたのは私ではなく北原君だったが、確かに私も興味はある。
「ああ、大きな利点だ、それはな筋トレと違って時間が立っても能力が落ちないという事だ」
レベルは上がれば下がることはない、その為怪我等で長期間体を動かせなくても一定の能力は最低保証されるという事になるのだ。
「お前達もテレビで見たことあるだろう、アメリカンフットボールの試合にレベル持ちが出場し、他の選手を寄せ付けなかった試合の事を」
それはダンジョンが現れたばかりの頃、レベル持ちの人間がスポーツの試合に出る事を規制される前のこと、一人のレベル持ちの人間が参加した時の出来事だ。
雄兄が言ったように短距離走の速さは劇的に早くなったわけじゃないが、その圧倒的な身体能力はボールを奪わせないし、他の選手に当たれば当たった選手を吹き飛ばした。
後に発表された報告によれば、彼はダンジョンの4階までしか潜っていなかった為最大でも8レベルであるという事が報告された。
もちろんスポーツ選手として鍛えていた身体能力に加算された結果という事はあるが、それでもその後のスポーツ業界に大きな影響を与えたのも事実である。
「ま、小さい力の上昇の積み重ねだから、自分が強くなった実感が薄い部分もある、だからと言って高レベルになった時にかっとなって民間人とケンカをされると困る」
雄兄に言われ確かにそう考える危険性もあるかもしれないと思う、一気に強くなるわけじゃないから自分の強さの実感がわきにくいというのはあるかもしれない。
「ま、なんにしても太郎のレベルが1になったから北原と交代だな、太郎と同じ流れで行くぞ、見ていたな?」
雄兄の言葉に北原君の目が若干泳いでいる事に私は気づいてしまった、一体何を見ていたんだかねぇ。
北原君と持ち場を後退して私は後ろから全体を見渡す、一応後方からの奇襲に気を付けてはおくが、雄兄がそんなミスをするとは思わない。
前に出ているときには気づかなかったけど、三橋さんはビデオカメラを回しながら私達の動きを録画しているようだ。
「ああこれかい?、ダンジョンに入る前に言っていた通りネット上に上げる動画だよ」
私の視線に気づいた三橋さんがカメラを向けてくる。
「近いうちに動画としてネット上に上げる事になります、お二人の顔にはモザイクをかけるのでご安心ください」
僅かな間をおいて私に向けていたカメラをキララ嬢に向けた、キララ嬢はそのカメラに満面の笑みを浮かべてカメラに手を振った。
後ろから見るとわかることがある、雄兄が私が思った以上に広い視野を持っていた事、モンスターに向けて踏み出した時、1歩目に比べて二歩目で大きく減速している事、キララ嬢が後ろから声援を送っている事、三橋さんがそれと戦っている北原君が同時に映るように位置取りをしている事。
余裕があるつもりだったけど、思った以上に私は視野が狭まっていたのだなと思う、ついでに集中が切れたからなのか、だるさを感じ集中力を保てなくなっている。
「よっしゃー!」そんな私とは違い北原君は元気一杯に叫び声を上げながらモンスターを倒すと、キララ嬢にピースサインを向けていた、キララ嬢はそんな北原君に声援で答えていた。
それを見て三橋さんが満足そうに頷いている、確かに私は後ろに振りかえる事とかなかったし動画映えしなかったのかもしれない。
とはいえ、30近くなった私にはさすがにそういった動きはテレが出てしまってみてる人間もいたたまれなくなるだろう、北原君には感謝である。
「ほれ、嬉しいのはわかるが今日中に北原のレベルも上げたいんだから次行くぞ」
雄兄はキララ嬢の方にアピールしている北原君の首根っこを掴むと引きづるようにしてダンジョンの奥へと歩き出す、首が締まったのか北原君は情けない声を上げながら連れていかれてしまった。
それからしばらく、私の時同様に北原君も雄兄の押さえつけたモンスターを倒す事を繰り返す事2時間ほど私の時と同じように北原君もレベルアップを迎えたようだ、私と同じように手を握ったり開いたりを繰り返した後に首をかしげる。
私と同じように思ったほどの変化を感じなかったようだ。
「お、北原も上がったか、それじゃあ、今日はこの位であがりにするかね」
雄兄は腕時計を見たので、私も時計を確認する、時間は14時半でもう少し働かなければいけない強迫観念のようなに襲われてしまう。そんな私を見た雄兄は頭を掻いて。
「もっと働きゃなきゃいけないと思っているのかもしれないけど、体調管理も仕事のうちだぞ、特に太郎はこの後家まで1時間運転しなきゃいけないんだから慣れてないうち位は余裕のある生活を送るべきだぞ」
確かに事故にあったらレベル1の私では普通に死ぬ、それは政府としては避けてほしいだろう。
「わかりましたおやつがてら何か食べながら休憩をしてから帰る事にします」
「お、それなら俺がいい店紹介しますよ、キララちゃんと三橋さん達もどうっすか?」
「申し訳ないですが、プライベートで異性と一緒にいる所を見られたら困るのでここは辞退させていただきます」
三橋さんが北原君に頭を下げるとキララ嬢と三橋さんは二人で駐車場へと歩いていく。
「俺はこの後自衛隊の基地に戻らないといけない、二人とも気を付けて家に帰るんだぞ、特に太郎は車で移動するんだから気を付けてな」
そう言って雄兄は基地へと帰っていった。
「それじゃあ、北原君、私は帰るけど、どうする、2人でいく?」
「さすがに男2人で喫茶店に入るのはきついんで、案内だけで勘弁してほしいっす」
そんな北原君の素直な言葉に私は笑みを返し
「確かにそうだね、それじゃあ、案内よろしくね?」
「任せてほしいっす!」
こうして私のダンジョン捜索1日目は終わった思った以上にぬるい感じで終わったのだった。