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初戦闘(3話)

「しんど……」

ダンジョンに入った北原君が放った第一声はそれだったが、全員がそれに賛成した。


私達はダンジョンに入るためにデモ隊が騒いでる横を通り抜けなくてはいけなかった、周囲にいる自衛隊員も私達がダンジョンに入るのを手助けしてくれたが、それでも民間人を無理やりどうにかすることができない自衛隊はどうしても弱腰の対応になり、それを知っているマスコミやデモ隊の人間は私達に突撃してきたのだ。


「私達は入れないのに、貴方達だけは入れる不平等をどう思いますかだの、お前みたいな若造ではなく儂のような優れた人間を入れるべきだの、今までテレビでマスコミの取材に対応しない芸能人を批判的な目で見てたけど、今日一日で見方が変わったわ……人間実際に体験してみないと分からないものだな」


北原君がダンジョン入ってすぐに座り込んでしまったため私達も苦笑しながらそれを見守る。

「マスコミと呼ばれる人達が全員ああいう人間ではないですよ、そこだけは勘違いしないでくださいね」

立場的には彼等に近いだろう三橋さんが北原君にそんな言葉をかける。


キララ嬢はキララ嬢で

「アイドルである自分に声をかけないなんてどういうつもりなのよ」

と不満を漏らしていた。

そのまま5分ほどだろうかダンジョンの入り口で過ごすと、パンパンと雄兄が手を叩いて全員の注目を集める。


「はいはい、遠足気分はここまでだ、切り替えろよ、太郎、和樹、ちゃんと国から送られてきた装備はもってきただろうな」


雄兄に視線を向けられたので私は頷いて肩にかけていたカバンを下ろしその中から送られた荷物に入っていた装備を取り出す。


「小剣に両手につける厚手の皮のグローブ、頭を保護するヘルメットに水筒、非常食数食分だね」

剣は刃渡り50cmほどで厚みのある刃だ、包丁のように引いて斬るというよりは、体重をかけてかち割る為の物といった印象を受ける。


グローブは野球などで使う薄いバッティンググローブではなく頑丈なグローブだ、慣れるまでは剣の握りが甘くなってすっぽ抜ける事に注意しないといけないだろう。後握るだけで握力を消費しそうだから、筋肉痛にもなりそう。


ヘルメットはバイク用のようなかっこいいデザインではなく、作業員がつけているタイプの白いヘルメットだ。

水筒には実家で麦茶を入れてきているし、保存食はミリ飯という物なのだろう、意外においしそうだ、横を見れば北原君も同じようにカバンから自分用の装備を取り出している。


「このダンジョンの1階に出るのは大型のネズミだ、最初は俺が捕まえるから二人はそれにとどめを刺してくれ、恐らく10匹も倒せばレベルが1に上昇するはず、今日からしばらくは俺が敵を捕まえて二人が倒すという方法でレベルをあげながら5階を目指すぞ」

雄兄がそう言うと北原君が手を挙げて発言の許可を求める、何故か

「サー、いいですか?サー!」

と言いながらだ、この青年、ノリノリである。


「サーじゃないが、なんだ?」

雄兄が苦笑すると、北原君は

「それはネトゲでいうパワーレベリングになるのであまりよくないのではないでしょうか?」と言う。


確かにレベルだけ上がって技術の追いつかない狩り方だなぁと私も思ってはいた為雄兄の言葉を待つと

「じゃあ、適正レベルでモンスターと戦ってみるか?言っておくが攻撃を食らったら相当痛いぞ、それだけじゃなくて、攻撃をするときにも分厚いタイヤを叩くような反動が返ってくるがそれでもいいのか?」


雄兄によると、適正レベルで敵と戦うとき、注意するのは攻撃を受ける事よりも攻撃をするときだという。

適正レベルでモンスターを攻撃当てた時に自分に返ってくる反動は重く、野球をやったことがある人ならわかるかもしれないが、バットで古タイヤにフルスイングするくらいの反動が返ってくるらしい。

しかも変な当たり方をしたらその衝撃は増加し、手の骨にひびがはいることもあるらしい。


「いいか、君達はダンジョンの下層を目指す訳じゃない、地上に近い魔物を倒すのが仕事なんだ、そのついでに魔石を持ち帰る、つまり過剰な戦闘技術を手に入れる必要はないと国は判断しているのだよ」


表向き私達は、ダンジョンの上層でユニークモンスターと呼ばれるダンジョン外に影響を及ぼすモンスターの出現を抑制する為に派遣されていて、そのついでに魔石を手に入れるということになっている。


私はまだダンジョンの下層を目指すか決めかねているが、どちらにしても、戦闘のメインは自衛隊員等の先頭集団で、私はついていくだけになるだろう。

その為、過剰な戦闘能力は必要ない。


「私は痛いのは嫌なので雄兄のやり方に賛成だよ、技術を得るだけならレベルを上げてスキルを手に入れてからでも手に入れられる、命がけで戦った方が技術は磨かれるのかもしれないけどね」


別に私は世界を救う英雄だとかではないのだ、ただダンジョンの一番奥をみたいだけの一般人である、なので、自分を追い込んで強くなる必要はない。


「……わかりました、俺もそれでいいです」

少しだけ悩んではいたようだが最終的には北原君も雄兄の意見を受け入れる。

北原君が悩むのもわからないでもない、彼くらいの年齢ならば、ダンジョンに潜れる自分を特別と思ってもおかしくないし、私も若干そう思ってはいる。


「話はまとまったな、それじゃあ俺が先頭を歩くからまずは俺の後ろに太郎、最後尾には北原その間に民間人の二人を挟むように歩くぞ、太郎のレベルが上がったら太郎と北原の隊列を入れ替えて北原のレベルをあげる、その後は今日一日そのまま2列目に北原、最後尾に太郎で一日を過ごす、意見は?」


私はすぐに首を縦に振ったが、北原君は少し考えているようだ、確かに一日見るならおっさんの背中から尻のラインよりもアイドルの方がいいだろう、なので私は北原君に近づくと声を小さくして。


「キララ嬢にいいところを見せるチャンスだよ、かっこよくモンスターを倒す姿を見せ続ければキララ嬢の好感度を稼ぐことが出来るかもしれない」

とこっそりと呟くと、鼻息荒く首を縦に振った。


キララ嬢とマネージャーの三橋さんには聞こえなかったようだが、雄兄には聞こえていたようで、北原君を見る目が残念な子を見る目になっていた。


「なんだか、思っていたよりも歩きやすいですね」

ダンジョンと言うと洞窟タイプでぼこぼことした道をイメージしていたのだけど、周辺の壁はともかく通路に関しては舗装された道路のように平らで歩きやすかった。


「意外だろう?だがなダンジョンっていうのはどういう訳かこういう風に人が活動しやすいようになっているんだ。道は歩きやすいし、ダンジョンに出てくる敵は上にいる敵は弱く、階層を下るほどに強くなる、更に上の階層では敵は1種類しか現れず毒等の特殊な能力も持っていない」


「まるで人間に使ってほしいかのような至れり尽くせりだね」

私の言葉に雄兄は頷くと

「実際に使ってほしいのかもしれないぞ」

と言うと、ついてきてくれと言って歩き出す。


5分ほど歩くと開けた場所に出て、真っ赤な石を載せた石の柱ときれいな水を蓄えた池と、柔らかそうな草の生えた広場があった。


「雄兄これって?」

その場所はダンジョン内にあるには随分と違和感のあるところだった、少なくとも過疎化の進んだ地元の公園よりはしっかりと手入れがされていて綺麗に思える場所だったし。


「ゲーム的に言うならセーブポイントだとか回復の泉と言ったところなのかね、そこにある赤い石に触れると青くなり、この広場の中にモンスターを寄せ付けなくなるんだよ、池の水は水道水よりも安全で旨いぞ、ああ木になった果実は安易に食うなよ、それは現在研究中だ」


「研究中?」

「そうだ、魔力を含んだ物を食べる事で体にどんな悪影響が出るかわからないからな、後もぎって食ったらくっそまずいぞ」


雄兄の言葉に、少しだけ興味深そうにしてた北原君が眉をしかめる。

「美味しくないんですか?」

キララ嬢が雄兄に尋ねると、雄兄は眉をしかめてから

「長い間噛んで味が無くなったガムの触感に、舌の上にあふれるえぐみを濃縮した果汁、鼻を抜けるさわやかな果実の風味がギャップをより引き立たせるぞ」


言葉を進めるたびに顔のしわが深くなる雄兄の反応に、私達は想像するのをやめた、きっと酷い味だったのだろう。


「だが水は別だな、掬って飲む分には普通にうまいぞ」


飲むか?と言って自分用のコップに水を汲むと私に渡してくるので、それを受けとり僅かに口に含む。

よく冷えたその水はほのかに甘みがあり、それでいて後味はすっきりとしていてくどさがなく、どれだけでも飲んでいたくなるような旨さを持っていた。


「確かにおいしいです、でもこんなおいしい水をなんでダンジョンの外に持ち出さないんですか?」

私がコップを雄兄に返すと、北原君に飲むか?と聞いて断られていた。

「それについてはモンスターを倒してから説明しよう、言葉で言っても理解しがたい現象だからな、それじゃあ、改めてダンジョン探索を始めようか」


雄兄の言葉に私は自分の疑問を一度胸に収めて雄兄に近づく、答える気がないわけではないようだし、モンスターを倒せば答えてくれるというならすぐにその答えを聞くことが出来るだろうしね。


それから5分程度歩くと雄兄が足を止めるとそれに遅れて、グルルという獣の唸り声が耳に届く。

「あれがこのダンジョンの1階に生息するモンスター、俺達は大ネズミと呼んでいるな」

そう言う雄兄の視線の先には、中型犬くらいの大きさのネズミが唸り声をあげていた。


「ネズミって唸り声上げるんだ……」

「いや、おっさん気にする所はそこじゃないだろ」

私が思わず声を上げると、北原君が突っ込んでくる、ぎりぎりとは言え10台から見れば20台後半の私はおっさんになるらしい。


「まぁ、見た目はネズミだけどモンスターだからな、その辺もまた違うんだろうよ」

雄兄は私達の会話を聞いてわずかに笑みを浮かべるが、すぐに顔を引き締めて。

「それじゃあ、俺があのネズミを押さえるからまずは太郎がとどめを刺すんだいいな?」

雄兄はそう言って、ネズミに向かって走りだす。


自分に向けて走ってくる雄兄に勢いよくネズミが飛びかかる、飛びかかられたのが私なら対処が難しいであろう速度だが、さすがは自衛隊のダンジョンアタックチームというべきか、飛びかかってきたネズミの尻尾を雄兄は掴み、そのまま地面に押し付けるとその背中を踏みつけて動きを封じた。


「流れるような動き、びっくりだね」

「とはいえ思ったほど速くはなかったな、正直自衛隊のダンジョンアタッカーっていうくらいだからもっと目に見えない速さで敵に飛びかかるかと思ったのに」


北原君の言葉に後ろにいたキララ嬢もうんうんと頷き、三橋さんも態度には出さないが同じことを思っていそうな気配がある。


「別にレベルが上がったからと言ってゲームみたいに二人、三人と分身したり、そいつは残像だみたいな事できるようになるわけじゃねえよ」

三人の言葉が聞こえたのか雄兄が苦笑し私達の方を見る。


「いいか、身体能力が高くなったからってどれを万全に使いこなせるもんじゃないんだよ、仮に俺のレベルで得たステータスでそういう事が出来るとしてもな、現状の俺は運転が不慣れな人間にスポーツカーを渡したような状態で、そのスペックを完全に使いこなせてないんだよ」

そう言って雄兄の説明を続ける。


現在単距離走の記録は人間がレベルを得てからも劇的に記録が更新されてはいない、踏み込む力と踏み切る力を強くするだけとわかっていても、長い間人間として生きていた常識が邪魔をしてそれを行うのは難しいらしい。


言うは易し行うはというあれである。

逆に中距離や長距離はペース配分を考えずに全力で走るだけでいいので記録更新はハイペースである。

その為、レベルを上げた人間の記録を公式記録として扱うか扱わないかで議論が起きたりもしたらしい。


「ま、それはともかくさっさとこのネズミを倒してやってくれ、いくらモンスターとは言ってもいつまでも死の恐怖を味わわせるのは可哀そうだろ?まぁ、こいつらに感情があるのかわからないけどな」


雄兄に言われ足元でじたばたともがいているネズミの事を思い出す。

そういえばネズミを捕まえてくれていたんだったな、と思い出し剣を構えて雄兄の方に向かう。

最初捕まえた時はうつぶせで押しつぶされていたネズミだったが今は右側を地面に押し付けて拘束されていた。


「この方が首を斬りやすいだろう?」

私はゆっくりと剣を振り上げるとモンスターの首へと振り下ろす、素人の振り下ろしなので一発でうまく首に決まらないかとも思ったが偶然にもきれいに首筋に当たり、そのままモンスターの首を切り離した。


コロコロと転がったモンスターの首を見ても私は特に何も思うことなく、転がっていくネズミの首を眺めていた、生き物を殺したにしては薄い罪悪感に私が戸惑っていると。


「モンスターを殺した事に罪悪感を覚えないことに困惑しているのか?」

雄兄の言葉に私が頷いていると

「どうもこのダンジョンの中だとモンスターを殺すことに罪悪感を覚えなくなるようだ」

雄兄の言葉に私以外の人間も嫌悪感を覚えていなかったのだろう。疑問が解けたという顔をしている、多分皆も罪悪感は覚えていないのだろう。


「なんか寝る前に飛んでいる蚊をつぶす程度の罪悪感しかなかったからなぁ」

私が異常なわけはなくダンジョンのせいでいいのかなぁ……


「さっきの休憩所のところでも言ったけどどうもダンジョンを作った存在は俺達にダンジョンを攻略させたがっている、その時にモンスターを殺す事に対して罪悪感を抱くようではいつまでも先へと進めない、だからその罪悪感を薄くした、そう考えるとつじつまが合うと思わないか?」

「地球のサブカルや日本人の事をよく知った人間が作ったみたいにかゆい所に手が届く設定だね」

「案外作ったのは日本人なのかもしれねえっすね」


北原君が冗談めかしてそう言うと、キララ嬢は馬鹿にしたような目で北原君を見つめているが私は意外にその考えは馬鹿にできないんじゃないかと思ってしまった。

それくらいこのダンジョンは、私達に都合がいいのだから……


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