実験しましょう22話
「何やってるのよ貴方達……」
彩音嬢によって無理やりリンゴを食べさせられたエリカ嬢は深く溜息をついて、小言を言っている、おかしい何故僕まで。
「止めなかった全員同罪です、私が助けてと言っても見て見ぬふりをしましたよね、とくにセバス!」
エリカ嬢は、私怒っていますよと言う態度でセバスさんに睨みつける。
だが睨まれたセバスさんは飄々とした態度で
「お嬢様と彩音様があの様に戯れるのはいつもの事ではないですか、あのような事があるたびに仲介に入っていては私は仕事ができなくなってしまいます」
そう言って頭を下げるセバスと、それを見て確かにと笑う彩音嬢。
そんな二人の態度に腹を立てたエリカ嬢は、僕の方へと早足に近づいてくると
「もういいです、行きましょう太郎さん次はネズミ相手に解体の実験です」
エリカ嬢は一人でずんずんと進んでいく、僕はそれを追いかけるが、僕以外誰も追いかけてこないので不思議に思い振りかえると、僕の後ろにいた雄兄が肩を竦めて
「あのお嬢ちゃんも太郎と同じレベル10だからネズミ位一人で倒せるから急いで追いかける必要とかはないぞ」
僕達がゆっくりとエリカ嬢に追いつくと、エリカ嬢は胸の下で腕を組んで僕達を待っていた。
「遅いですよまったく、さぁ太郎さん!ネズミに〈解体〉を使ってみてもらっていいですか?」
エリカ嬢はそう言って自分で倒したのであろうネズミを僕に手渡してくる、僕は思わず雄兄の方を見るが、雄兄も僕の方を見ていた。
「どうしました、もしかして、太郎さんが倒したモンスターにしか〈解体〉が使えないのですか?」
エリカ嬢は不安そうにこちらを見てくるが、どうしたものかと思っていると雄兄が咳払いをする。
僕の代わりに事情を説明してくれるようだ。
「太郎の解体の効果が及ぶのはモンスターを倒してから一定時間が経つまでなんですよ、多分モンスターを倒した後も残留魔力のようなものがあり、それが残っている間しか解体は効果を発揮しないんです」
雄兄の言葉を聞いたエリカ嬢は彩音嬢の方を高速で振り返ると、彩音嬢は、手をぽんと叩いて、てへっと笑う。
「どういうこと、私はそんな情報もらってないんですけど?」
「いやー、総理が、エリカに全部の情報を与えるのも面白くないからって言ってねー」
「総理が教えてくれなくても貴方が教えてくれればいいじゃないですか!」
キャーキャー言いながら二人がじゃれあっているのを僕達は3人で見守っていたら、セバスさんが僕に話しかけてくる。
「佐久間様は何故〈解体〉のスキルを取得する事を決めたのですかな?」
「えっと、どうしてそのようなことを?」
「いえ、佐久間様もご存知の通り、政府は〈解体〉スキルについて隠しております、それを取得する事で受ける不利益は説明を受けておりますよね?その上で選んだスキルの取得を決めた理由をお聞きしたくて」
確かに僕は〈解体〉のスキルを取得する際に色々と口止め等をされている。
現在日本政府は冒険者ギルドの設立を考えている、それを運用するのが明智嬢の実家であり、その運営に国は助力をしないということで話がついているらしい。
解体スキルがなければ、モンスターを倒したことで得られるのは、魔石一つだけである、魔石の買取価格利益を出すことを考えると、一つ100円程度になると考えているとのことだ。
ネズミ1匹を倒して魔石1つを手に入れる、5人パーティーを組んでいるならネズミ1匹当たり20円である。
5人組のパーティーが月100万稼ぐためには、月に1万匹のネズミを倒す必要があり、さらに戦う事で消耗する武器や衣服等の消耗品の経費もかかる。
しかもこの魔石100円というのは、最初だけだ、ギルドは民間企業の為、利益を出す必要がある、1人当たり2000個の魔石を算出し続け、ギルドに在庫があふれるようになれば更に魔石の価値は下がる。
冒険者になりたいと叫ぶ者のほとんどは失業して1次産業に無理やり就かされた人達だ。
彼等は冒険者になり、ダンジョンに潜る事で大量の収入を得る事が出来ると考えているためにダンジョンに潜りたがっている。
だが、ダンジョンに潜ってもお金にならないとなればどうだろうか?レベルを上げることだけを目的にダンジョンに潜る人間は少ないだろうと考えられる。
レベルを上げるものが少なくなればレベル持ちの人間による被害は少なくなる、だから〈解体〉のスキルの詳細を公表する事はしない、そう説明を受けた。
もちろん海外から流れてくる情報を完全に排除することはできない、だからこそ総理の小尾さんは特別に与えられたスキルを使い、〈解体〉の取得には様々な条件をつけたらしい。
余談だが、総理の特別なスキルは支持率によってできる事が変わる為に現在出来る事は少なくなっていると説明を受けた。
何故僕かについては、僕が独り身だからという点が1つと、僕が雄兄を尊敬しているからだと、雄兄からドヤ顔で説明を受けた。
総理を含めて、政府の上層部は人間の心を信じていないらしい。
仮にスキルを持っていない時は品行方正でも、力を得れば変わる人間はいくらでもいるからだ。
その為に、心変わりを起こした時に殺しても問題になりにくい独り身の人間であり、またもし自分が〈解体〉スキルの情報を不用意に公開した時、推薦者が処分されるということが心理的なストッパーになる人間ということで僕が選ばれたらしい。
「政府はなぜそれほどに冒険者が増えることを恐れているのでしょうか?」
「そりゃあれだ、一度レベルを上げたら下げることができねえからだな」
「そうですね、今後冒険者が問題を起こしたとき、世間の世論がどうなるのか、予想ができないんです」
雄兄の言葉にセバスさんが続ける、世論?
「例えば、殺人事件を起こした犯人が暴力的なゲームを多くプレイしていたら、ゲームが悪いという論調が出るだろう?それと同じで冒険者が凶悪な事件を起こしたときに他の冒険者まで犯罪者予備軍のように見られる可能性がある」
「そうなった時にレベルを一度上げてしまった人間は冒険者をやめたいと言ってもやめることができないんです、ですが、今この時にそんなことを言ってもほとんどの人はそんなことを想像しません、ですから想像できる立場の人間が抑制する必要があります」
たしかに、一度レベルをあげて冒険者になってしまえば、たとえレベルが1だろうと同じ冒険者扱いを受ける可能性は高い。
だからこそ、安易に冒険者を増やさないようにしているのだ。
「だから、ダンジョン探索が金にならないのは政府としては望むところなのさ、金にならないならダンジョンに潜らないっていう人間は一定以上いるはずだからな」
雄兄の言葉にセバスさんも頷き、僕の方を見て
「ですが解体のスキルがあると魔石以外にもお金になる物を持ち帰る事が出来るようになります、そうすると、冒険者の数が増える可能性があるんです」
セバスさんの言葉に違和感を覚える、可能性?僕が悩んでいるとセバスさんは言葉を続ける。
「そうです、もし、佐久間さんが冒険者から、「ダンジョンで取れた肉だキロ1000円でいいぜ?」と言って商談を持ちかけられたら買うでしょうか?」
僕は少し考えて、多分買わないと首を横に振る。
安全面等いろいろと考えると多少安くてもダンジョン産のモンスターの肉はちょっと僕はお断りである。
「佐久間さんはそう考えるかもしれませんが、買う人間というのは一定数いるものです、そういう人達相手に解体スキルでお金を稼げる…かもしれないので解体は一般には公開しないスキルのようですね」
「ちなみに解体だけじゃなくて、演説だとかのスキルも禁止対象みたいだな、こっちは完全に禁止スキル扱いで誰も取得できなくなっているらしい」
主に人の精神に強く働きかけるスキルは基本的に禁止されているらしい。
「こほん、話が反れてしまいましたが、どうして佐久間様はそのようなことを知りながら解体のスキルの取得を行ったのですか?」
セバスさんが改めて僕に問いかけてくる、そういえば最初はそういう質問だったっけ。
「簡単ですよ、自衛隊の支援付きでダンジョンの奥に侵入させてもらえるのが僕には魅力だったんです、ここで断れば僕がダンジョンの奥に入る機会は2度と巡ってこないでしょうから、と言っても決心できたのは最近なんですけどね、若い子二人にいい影響を受けまして」
僕の言葉にセバスさんは困ったような笑みを浮かべて、お嬢様と同類ですかと呟いた。
「同類ですか?彩音嬢も知識欲で動いていると?」
「そうです、お嬢様はダンジョンの奥に何があるのかを知りたいからこそ冒険者ギルドを作るという条件を飲んだのです、ふふ、そう考えると佐久間様はお嬢様にお似合いなのかもしれませんね」
いやぁ、初対面で腕をもぎにくる女性はちょっと…お断りしたいかなーって…
「佐久間さん、少し聞いてほしいことがあるのですが」
僕がセバスさんと話をしている間に、エリカ嬢と、彩音嬢の間でも何か話をしていたようで、二人でこちらに向かってくる。
「解体スキルについてボク達なりに予想を立ててみたので、これから佐久間さんに協力してもらって検証をして行きたいのですが、いいですか?」
彩音嬢もエリカ嬢に続いてやってくる、どうやら僕がセバスさんと話をしている間に彩音嬢とエリカ嬢はスキルについて仮説を立てていたようだ。
僕は二人に向かって頷くと、彩音嬢が言葉を続ける。
「まず、私達はこのダンジョンを大きな冷凍庫だと仮説しました。そしてダンジョン内のモンスターを氷等の溶けやすいものだと想定しています」
「ですから、ダンジョンからモンスターの素材等を持ち出した場合、溶けて消えてしまうそう仮定しました」
彩音嬢の言葉にエリカ嬢が続ける。
「ですが、〈解体〉を使った場合に限り持ち出せる。ということは〈解体〉を使ったアイテムはクーラーボックスに入れられたような状態になるのではないでしょうか?」
「クーラーボックスに入れられている間は溶けないからダンジョン外でもその形を維持できている」
なるほど、一理ある、だがそれと料理をすることができないことにどのような関係があるのだろうか?
「〈調理〉を使わずにモンスターの肉等を切った場合、その切り口から魔力が失われていく、けれど〈調理〉を使った場合、その断面をスキルの力で覆うことができて魔力は漏れることなく保持される」
「この場合は、クーラーボックスよりも、サランラップ等をイメージした方がいいかもしれませんね、〈調理〉を使わなかった場合は、ラップを剥がしてから切るので外気に晒されて魔力が奪われていく、〈調理〉持ちの場合はラップを剥がさずに、切った断面もコーティングされるので魔力が奪われない」
だから〈調理〉持ちが切れば魔力を失われずに普通の食材として扱えるということだろう。
「では、木になっている果実にそのまま齧りつけばおいしく食べられるのでしょうか?」
セバスさんの言葉に、2人の女性は、ハッとした表情を浮かべる、確かに私も気づかなかった。
「水を飲んで美味しいのはそれと同じで、一切調理していないからなのかな?」
私の言葉に全員が頷く、だがそうなると疑問も残る。
「水は持ち出したら消えるのに、果実等は持ち出しても消えないのは何故でしょうか?」
僕の言葉に二人は少しだけ難しい顔をした後に、彩音嬢が断言できる情報はないのですがと前置きしたとに
「ダンジョンから生まれるものには2種類の魔力があるのではないでしょうか?モンスターが倒された後、魔力はなくなっているはずなのに〈解体〉を受け付けるように、解体スキルでは見ることができない、動くために必要な魔力とは違う、第2の魔力が存在し、それが水や素材になる爪などに比べて果樹等には大量に含まれている」
「だから水やモンスターの爪等は簡単に消えていきますが、肉等は時間をかけて消えていく、断言はできませんけどね……」
結局断言できるだけの情報がない以上予想でしかないという話だ、ただ、だからこそ
「ああ、だからこそ面白いじゃないですか、誰よりも先にスキルの仮説を立てる事ができる…!」
僕の言葉に、彩音嬢、エリカ嬢が笑みを浮かべる、ああ、面白くなってきた。
まだ誰も踏み込んだことのない未知の情報を僕達が踏み重ねていく、恐らく僕が生きているうちには正解が解き明かされることはないだろう。
つまり僕は死ぬまでに一定の説得力のある仮説を立てれば、それを真実だと思い込んで死ぬことができるだろう。
後世覆されても僕が知ることはない、それは僕のような人間にとって、とても幸せなことだ。
そんな僕達3人の様子に、雄兄は呆れたような表情を浮かべ、セバスさんはいつもより表情が硬い気がする。
「こうしてはいられませんは、佐久間さん、彩音、急いで休憩地点に行って果実に噛みつかなくてはいけません、それで美味しいのでしたら、さらに二口目も食べて実験してみなくてはいけません!」
僕達がこうしてはいられないと足を踏み出そうとしたときに、セバスさんがぽつりと言う。
「もし、一口目で魔力が無くなれば二口目は酷い味のものを食べる事になると思うのですが?」
セバスさんの言葉は僕達の足を止めるには十分な破壊力を持っていた。
「果実の実験は後日にしましょう……」
「そうですね、急いで実験しなくてはいけないことではないですから……」
僕達はあの味を思い出し動きを止める、一日に二度も三度もあの味を体験したいわけがないから…。