しかし回り込まれた20話
キララ嬢のライブから少し経ち、僕の生活に特別なまだ変化はなかった。
最近では僕も今の生活にすっかりと慣れた物で、行き帰りに車で聞くお気に入りの曲を選んだり、帰りに車を運転しながら食べるコンビニでの買い食い等を楽しむ平穏な人生を送っていた。
そうこの日までは……
おかしいと思ってはいたのだ、朝起きた時に、背中に寒気が走った、探索者になってから風邪や夏バテ等と言った体調不良とは無縁だったのに……
とはいえ、休むほどの体調不良ではないだろうと思い、着替えを済ませて、車に乗り込もうとした時、目の前を黒猫が横切った。
偶然だと、自分に言い聞かせて、いつものようにダンジョンの入り口に向かい、1階に1歩踏み出した時
「よう、太郎、元気か?」
そう言って、雄兄に声をかけられた、私は声のする方へと視線を向けるとそこには、雄兄と、2人の女性と1人の老紳士が立っていた。
この瞬間これまで生きてきた中で最大の震えが体を襲う、多分、雄兄に殺気を向けられた時よりも酷かっただろう、僕はその集団に背中を向けて脱兎のごとく逃げようとして
「知らないのか?強制イベントからは逃げられない」
そう言って雄兄に肩を掴まれた、決して強くつかんでいるわけではない、だけど決して逃がさないと言う確固たる意志を感じる瞳をこちらに向けていた。
「違うんです雄兄、何が違うのかは僕にもわからないけど違うんです、僕は決してここにいてはいけないんです、ここからいなくなるんです!」
そんな風に支離滅裂な言葉を話す私に対して、雄兄はただ、ニコリと笑い続けるだけだった、時に笑顔とは100の言葉よりも雄弁なのだと、僕はこの時に知った。
雄兄は僕にこう言いたいのだ、ただ一言
「諦めろ」と
「それでそちらの方々は一体どちら様で?」
すっかり諦めた僕は、視線を雄兄から、後ろに立つ3人に移す。
それはまぁ、異常な集団だった、3人の中で1歩前に出て、僕の方を見ているのは、身長150㎝程の少女?だ、
腰まで伸びた黒い髪に、切れ長の目、全体的に華奢で、肉付きがいいわけではないが、綺麗な少女だ、人によっては踏まれたいと思うだろう。
装備はしっかりしている、一切の露出がないしっかりとダンジョンを歩く格好と言えるだろう、ただ、体のラインが出ているので北原君がいたなら目の毒だっただろうか?
いや、最近の彼はおっぱいさんな彼女に一途だから他の女性に目を奪われることはないか、ゆりか嬢も妊娠2ヶ月だとか言ってたし……爆発しねえかなぁ、下半身と命は失うとゆりか嬢が可哀そうだから、こう、過去の黒歴史ノートとかゆりか嬢に見つからないかなぁ、
現実逃避はこの位にして、残りの2人を確認する、一番おかしいのは多分この男性だろう、だってダンジョン内なのにスーツ着てるんだもん。
50代位の男性でしっかりと鍛えられた肉体と広い肩幅等、色々と特徴があるのだが、彼を一言で表すならこうだろう。
セバスチャンッ!
背筋を伸ばしピンと立ち、白い手袋をつけて、自分の前に立つ少女をまるで孫を見守るかのような優しい眼差しを向ける彼はまさにセバスチャンッ!
さて、最後の一人だが、彼女もまた少し特徴的だった、いや、率直に言おう、見た目の怪しさでは彼女がナンバーワンだ。
身長は160㎝程だろうか?薄汚れた白衣を着ているので科学者なのだろうか?俯き気味に、長い前髪で目元を隠し、それでもしっかりとこちらを睨むように見ている。
僕が視線を向けると、ふふっと言う笑い声を上げて視線をそらされた、手元にはノートとペンを持っていて、ノートを見ずにペンを絶え間なく動かしている。
もしかしてあのノートには私の事が何か書かれているのだろうか?
人を見かけで判断してはいけない、だが、あまりにも、あまりにもテンプレなのだ、THEマッドサイエンティストなのだ……
(僕分解でもされるんだろうか?)
そんな事を僕が考えていると、黒髪の少女?が僕の元に近づいてくる。
その顔には満面の笑みを浮かべており、思わず僕が警戒するほどだ。
……初対面の美少女が満面の笑みを浮かべて近づいてきたら、警戒するのは当たり前だよね。
そんな僕に、少女は笑みを浮かべたまま近づいてきて、2歩ほどの距離で止まると、笑みを浮かべたまま、僕に手を伸ばし
「総理大臣、小尾の協力者をしています、明智エリカと申します、本日より、貴方と共にダンジョンの6階以降を攻略していく仲間ですわ」
目の前の少女の言葉に僕が茫然としているうちに少女は僕の手を取る、僕は思わず雄兄の方を見て、どういう事か目で問い詰めるが、雄兄はそれよりも前を見ろと言うかのように、明智嬢を指さす。
僕が雄兄のジェスチャーに渋々ながら向きをエリカ嬢を見ると
「ああ、これが現在日本で唯一、解体のスキルを取得した人間の手なのですね、一体どういう原理で貴方の手はモンスターを干渉しているのでしょう、気になりますわ、知りたいですわ、切り落として持ち帰っては駄目でしょうか?」
そこには僕の手を撫でまわしながら、恍惚とした表情を浮かべる明智嬢が居た。
この日から僕は、自分の体が出すどんな些細な反応も見逃すことなく生きる事にしようと、強く心に誓った瞬間だった。
僕の腕を撫でまわしながら不穏な事を言っている明智嬢を引き離してくれたのは、セバスチャン(仮)だった。
明智嬢を僕から引き離し、一言、二言話をすると、明智嬢も冷静さを取り戻したようで、改めて僕の方に近づいてくる。
「驚かせてしまって申し訳ありません、未知のスキルに対しての好奇心が暴走してしまって……すみません」
「お嬢様が申し訳ありません、私はお嬢様の執事の瀬戸と申します、セバスチャンとお呼びください」
そう言って、セバスチャンこと瀬戸さんが僕に頭を下げる、セしかあってないのに彼はそれでいいのだろうか?
僕が首を捻っていると、明智嬢は顔を赤くして瀬戸さんの背中をぽかぽかと叩いている。
そんな僕の元に、白衣を着た女性が近づいてきて、手招きをするので、少し屈むと、女性は耳元に顔を寄せて
「エリカが小さい頃に本の影響を受けて今日から貴方はセバスチャンよ!と言って以来、彼は自分の事をセバスチャンと呼ぶのよ、もちろんそういう冗談が通じる場所だけだけどね」
明智嬢は顔を真っ赤にして瀬戸さんを怒鳴り、瀬戸さんが一言二言を返す、なんとなくそんな関係を二人が楽しんでいるように見える。
「それから、ボクは政府のダンジョン解析チーム[八咫鏡]所属の研究員で西 彩音って言います、彩音って呼んでください、ちなみにあっちの小さいのはエリカって呼んであげて、自分の苗字を嫌ってるので、改めてよろしく」
そう言って僕に握手を求めてくるので、僕は少し驚きながらそれに応じる、まさかあの3人でこの子が一番の常識人だとでもいうのか?!。
彩音嬢の手は意外にもすべすべしていた。いつまでも女性の手を握っているのは悪いと思い、手を離そうとすると
「あの、彩音嬢?」
「なるほど、これが解体持ちの手、触った感じでは何も変わっている様子はないようだ……」
そうつぶやいた後に私との握手を切り上げて、何かをノートにメモしている。
訂正する、やっぱ3人ともどこかおかしいわ。
僕達の挨拶が終わったのを確認したからか、雄兄が僕の方に近づいてくる、雄兄も僕から見ると割と濃い方の人間だと思っていたのだが、この3人に比べれば無色にすら見える。
「お前、すごい失礼な事を考えてないか?」
雄兄はそう言って僕を睨みつける、とんでもない濡れ衣だ、僕は事実確認しかしていないのに。
「それよりも雄兄、この人達と一緒にダンジョンの下層に行くってどういうこと?」
僕が雄兄に尋ねると、雄兄は苦虫をかんだような顔をして
「彼女達はダンジョンの下層に潜る事を特別に許可された人間だ、研究員の西はもちろんだが、残りの二人もな」
僕は頷く、明智嬢はきっと偉い人なのだろう、そしてそんな彼女達が興味を持ったのはきっと僕のスキルである……
「そこからは私が説明しますわ」
そう言ったのは、瀬戸さんにからかわれていた明智嬢だ、その隣には指をチョキにしたまま恨めしそうに明智嬢を見ている彩音嬢がいる。
説明役を決める為にじゃんけんして負けたのだろうか?
「佐久間さんは気づいているかもしれませんが私と彩音が興味を持ったのは佐久間さんが持つ〈解体〉のスキルです」
やはりそうだったかと、逆に安心する。
〈解体〉以外の要素で僕に興味を持ったと言われた方がよほど理解できなくて怖いからだ。
「佐久間さんが知っての通り、現在日本には佐久間さんしか〈解体〉のスキルを持つ人はいません、理由は説明しなくてもよろしいですね?」
僕はこの言葉に頷く、〈解体〉のスキルによって無秩序にダンジョン内のアイテムがダンジョン外に持ち出される事を政府は恐れていて、それを防ぐために〈解体〉のスキルを所持できるのは厳しい条件を乗り越えた物だけだ。
そして現在その条件を乗り越えたのは僕だけである。
「政府はどれだけ自国民を信じてないんですか?」
僕が呆れて言うと、先ほどまで説明していた明智嬢と彩音嬢が場所を入れ替え説明を変わる。
「実は案外政府の考えすぎじゃなかったとしたらどうします?」
そう言って彩音嬢は携帯端末をこちらに向ける、その端末の画面にはびっしりと大量の文字が並んでいた。
僕は少しだけ眺めて、説明を受けないと理解できないと諦めて、彩音嬢に説明を求める。
「このデータは国の技術者が鑑定Ⅱの効果で調べた数字です、簡単に言いますと、一番左側の数字が貴方が持ち出したダンジョン産の果物を鉢植えに植えて1週間後のデータです、右側はそれぞれ2週間、3週間、1ヶ月……と計測を続けたデータですね、色々と書いてますが、魔力の数値を見てください、毎週増えていってます」
そう言われて魔力の数値を見ると、確かに毎週数字が増えている、ただこの数字の増え方が多いのか少ないのかは私には判断が付かない。
「多いのか少ないのかはボク達にも判断が付きません、でも確実に異変が起きるという事は分かりました。それを見て政府は、ダンジョン産の食べ物を利用することは現状では停止すると言う決定を下したのです」
「現状では?」
「そうです、様々な検査と人体実験を行い、その結果ダンジョンさんのアイテムをダンジョン外で生産しても大丈夫だと確信が持てた時、初めてダンジョン産のアイテムは地上で生産されることになります」
「それは一体、どれほど未来の話なんでしょうか?」
「私にもわかりません、ただ安易に事を進めて取り返しのつかない事になるよりはいいかと」
今の日本に必要なのは拙速ではないので、そう言って彩音嬢は笑うのだった。