スキル説明(2話)
雄兄に誘われてから1ケ月後5月の始め、初のダンジョンアタックの日の事である。
この日、私は実家から車で1時間程の距離にある道東にある自衛隊の駐屯地に来ている。
人よりも野生動物の方が多いなどとネット上で言われる道東にすら少ないとはいえダンジョンがあるのだから、この世界のダンジョンの総数がいったいどれほどになるのか。恐らく、まだ誰も見つけてないダンジョンがあるのだろうなと思われる。
「大陸には一体どれだけのダンジョンがあるんだろうな、日本にすらこれだけのダンジョン数があるんだからなぁ……」
ダンジョン数が多いという事はそこから算出されるホルダーも多く輩出されるというわけだ。
ゲームやマンガなら良い方に回る事が多いが、私の現実では残念ながら悪い方に回ってしまったようで、ホルダーが増えた結果が国家転覆なのだから分からないものだ。
「私がよく読む小説ならダンジョンの数が国力増強に貢献したりするのになぁ」
「残念ながら俺等の世の中はそうはいかなかったつーわけだわ」
私の言葉に3人の人間を連れてやってきた雄兄が答える。
「あれ、雄兄、今日一緒に潜るのは一人だって言ってませんでしたっけ?」
「あー、それなんだがなぁ……」
雄兄が頭をかきながら説明しようとすると、予定外の男女のうち男性の方が一歩前に出て私に話しかけてくる。
「わたくし、DBガールズ、【キララ】のマネージャーをしている【三橋】と申します」
そう言って私の前に、【キララ】と呼ばれた女性がこちらに頭を下げる
「DBガールズ?ドラゴンボール?」
私が疑問を覚えていると、一緒にダンジョンに潜るはずだった男の子、確か【北原和樹】君が私に話しかけてくる
「おっさん、DBガールを知らないのか?」
「えーっと、君は?」
「そんなことはどうでもいい!DBガールズだよ、ダンジョンバスターガールズ!最近大人気の女性アイドルグループだっての!」
北原君の言葉でなんとなく彼女がアイドルだという事はわかった、ただアイドルとダンジョン、更にはダンジョンバスターと言う言葉が繋がらない
「結局彼女達もレベル上げをする人ということでいいですか?」
「いえ、彼女はただのアイドルなので、戦わせないでください!」
マネージャーの三橋さんはそう言って焦りを隠せないのか両手を振る
「当たり前じゃないっすか、キララちゃんは俺が守りますよ!」
そう言って胸を叩き、その態度にキララというらしい女性は腕に抱き着いて彼の男らしさを讃えていた。しかし私にはいまいち理解ができない。
「さすがにダンジョンバスターは名前に偽りがあるのでは?」
「よっし、太郎ちょっとこっちこい!」
私が疑問を隠せずにいると、雄兄が私を引きずって、3人から引きはがす。
「それで雄兄、結局彼女はどういう立場なんでしょう?」
「あー、民間人を捜索者にするのに莫大な額の金がかかってるんだ、さすがに捜索者に軍の装備を使わせるわけにはいかないからね、で、大口のスポンサーになってくれたのがアイドルグループの事務所だったというわけだ、その代わりにダンジョン内にあの子らを連れて行ってくれってよ」
深く溜息をついた雄兄に私はお気の毒に、としか声をかけられなかった。
この場合どう考えてもあのアイドルのお守をするのは雄兄であり、さらに戦闘行為が初めての私達のフォローもしなければいけないのだ、おまけにあの感じでは私達はともかくとして、あのアイドルに傷一つつけただけでもスポンサー様は文句を言ってくるだろう。
「お悔み申し上げます」
「やめろ、やめてくださいお願いします」
私がダンジョンの雄兄のダンジョン内での精神的なストレスを想像して思わず言葉にしてしまった言葉に雄兄もまた同じことを想像したのか胃の辺りを押さえながらこちらに助けを求めるようなすがるような視線を飛ばしてくる、が
「いや、私も初ダンジョンだからどう考えても自分の事で精一杯ですし……」
「ですよねー、ちくしょーーーー」
せめて、もう一日ずらすなど融通を利かせてくれればいいのになー等と思いながら私は叫ぶ従兄を眺めるのだった。
「すまん、待たせたな」
雄兄が一通り自分の身に降りかかるであろう苦労を嘆いた後、私達は3人と改めて合流する。
「じゃあ、ダンジョンに潜る前に自己紹介をしようか俺は青木 雄一二佐、国から君達をフォローするように命じられている、ダンジョン内では俺のいう事に従ってもらう、これに逆らった場合探索者候補の二人は探索者としての職を辞してもらう事になるので注意してほしい、それじゃあ、太郎から時計回りに頼む」
「わかりました、私は佐久間太郎です、よろしくお願いします」
「俺は北原和樹、19歳!キララちゃんは俺が守るから安心してくれ!」
「キララです、よろしく」
「マネージャーの三橋です」
北原君は19歳と若くやんちゃな印象を覚える茶髪の青年だ。
キララと名乗ったアイドルは私がアイドルと聞いてイメージするようなキラキラの衣装は着ていないがそれでも私達が厚手の皮のジャンバーとジーンズを履いているのに比べれば薄手の衣装だった、大丈夫なのかこれ?と雄兄の方を見ると全てを諦めたような目でキララ嬢の方を見ていた、お疲れさまです。
マネージャーを名乗る三橋の方は私達と同じような格好だが、手にはカメラを持っている、カメラ?
「三橋さんは何故カメラを持たれているのでしょうか?」
「このカメラでキララとダンジョン内部の写真や動画を収めるのが私の仕事だからですよ」
そこそこ高そうなカメラを構えた三橋さんと、その言葉を聞いて。
「もしかして俺達も映るんですか?キララちゃんと一緒に!」
とテンション上げている北原君、ニコニコとその様子を見ているキララ嬢と、現実に帰ってこようとしない我が従兄殿。
どうしよう、話を進めてくれる人間が私以外にいない……
思わず、頭痛が痛い等という鉄板ネタが頭に浮かんだ私の耳に
「政府はダンジョンを独占するのはやめろ!」
と言う叫び声が届き、雄兄の方を見ると、険しい顔でダンジョンのある方を睨みつけていた。
「雄兄、あれはTVでやってたダンジョン開放運動家って奴等ですか?」
ダンジョン開放運動家、その活動は主にダンジョンに民間人を入れろとデモを起こす事である。
表向きはダンジョンに入って高レベルの人間が少ないと他国からレベルの高い人間が攻めてきたときに自国の防衛がままならないという物、その裏にはヤクザや自分の子飼いをダンジョンに潜らせたい有力者がいるらしい
「そうだな、あそこにいる人間の立場は色々だが、一番多いのは一攫千金狙いの人間だ」
「一攫千金狙いですか?」と私が聞くと
「そうだ、ダンジョンには宝箱があってその中には鉱物等が沢山入っているに違いない、そんなものを政府が独占するのは悪だ!だとさ」
そう言って雄兄は肩を竦める。
雄兄の言葉に私は疑問を覚えて質問する。
「ダンジョンから持ち出せるのって魔石だけじゃないんですか?」
「そうだな、だが彼等の言い分は政府は真実を公表していない、だとよ」
深く溜息をつく雄兄に、北原君は疑問を投げかける
「でも、高レベルの人間は多い方がいいんじゃないですか?隣国が攻めてきたときとかに対処するためにも」
北原君の疑問に、きらら嬢も同意するが、雄兄は首を横に振ると
「隣国は攻めてこないぞ」
そう強い言葉で切り捨てる、私を含め、全員がその理由を聞きたくて雄兄を見つめると
「まず大きな理由はお隣の大陸が混乱状態にあるからだな、中国から分裂した国々が勢力を拡大しようと虎視眈々と他国への侵略を狙っている、だから、韓国は日本に攻め込むことはできない、仮に攻め込むなら自国崩壊の道連れになるだろうな」
そういえば、ニュースでそんなことをやっていたなと思う。
「さらに言えば兵士を輸送する手段がない、だから韓国が日本へと攻めてくることはないんだ」
「それは何故ですか?船や飛行機等幾らでも輸送手段はあるじゃないですか?」
キララ嬢が雄兄を見つめて小首をかしげながら尋ねる、これがアイドルの媚売りって奴なのかと実物
を見て感心している私と、その態度に苦笑しながら雄兄は
「船や飛行機なら、俺達が領空に入った瞬間迎撃できるからだ」
とその理由を告げた(なお、北原君以外が自分の態度に対して反応しなかった事が不満なのか若干キララ嬢は不機嫌そうだった。)
「日本の兵器という事ですか?さすがの日本も現状では防衛兵器の使用には躊躇がないと?」
「いや、俺や他の自衛隊員が槍投げたり、弓矢や魔法で撃ち落とすからだ」
どや顔でそんなことを言う雄兄に私は思わず「何言ってんだこいつ」と本音を漏らしてしまった。
「おいおいなんだその顔は俺が盛ってるとでも思っているのか?」
従兄殿が私達を見渡した後に不満そうな顔を隠さずに言ってくる、どうやら呆れたような目を向けていたのは私だけではないようだ。
「いや、確かにあんたは自衛隊員だから深くまで潜ってるんだろうけどさすがに信じられねえよ」
北原君の言葉に私達も頷くと、従兄は怒る事無く、深刻そうな顔で私達特に、北原君の目を見ながら
「いいか、レベルアップっていうのはお前達が思ってるような軽いものじゃない、と言ってもこれは実物を見せた方が早いか」
そう言って雄兄は胸ポケットから携帯端末を取り出して何かの動画を私達に見せてくれる。
「よく見ておけ、これが民間人がレベルを上げる事を政府が制限した理由だ」
雄兄がこちらに向けた端末では、一人の少年が、軽自動車ぐらいの大きさの岩を持ち上げて、戦車に向けて高速で投げつけていた。
「これって……」
私が思わず声を上げると、動画は別の場面に移る、そこでは先が尖った鉄でできた棒を槍投げのようなフォームで投げている青年が映っているかと思えば、投げた鉄の棒は戦車の装甲を貫く。
鉄の棒は中が空洞となっていたのか戦車からはみ出た鉄の棒からはどす黒い液体が流れ出ている、あれは血だろうか……?
場面はさらに変わる、弓を持ったおじいさんが空を睨みつけているかと思えば、数秒後に矢が放たれる。
まさか、と私が思っているとその数秒後、重たい物が地面へとぶつかった音の後に爆発音が端末から響く。
それから後も、原始的な武器を持った人間が銃で武装した人間を薙ぎ払っていくという、まるでファンタジー至上主義者の書いた小説のような展開が動画では展開されていた。
「最初のは、レベルを上げた人間なら誰でも簡単にできる事だ、その次に簡単に戦車の装甲を鉄の棒が貫いているのは槍スキルの効果だな、その次は弓スキルと鷹の目だろうな、見ればわかると思うが、レベルが上がり、強力なスキルを持った人間は、現代兵器を上回る事ができる」
雄兄が続けて言うには、少なくも現在日本で使われている携帯できる兵器では20レベルを超えた人間を殺す事は難しいんだよ、と言った後に雄兄は私達を改めて睨みつける。
「いいか、2人は10レベルまでしか上がらないからここまでの戦闘力は得られないだろうそれでも普通の人間と比べれば君達の戦闘力、いや、殺傷能力は比べ物にならないんだ、もう一度、その事を胸に刻め、もし君達が酔っ払って一般人とケンカでもしたならば、俺達は君達を殺さなければいけない」
殺すと言われた瞬間、私達は全員びくっと大きく体を震わせるそれは冗談ではなく本気だという事を私達に念を押す為だろう。そして絶対に安易に武力を振るうなという事を念押しするためだろう。
「何度も言うぞ、君達が認められているレベルは10だ、一般人と比べれば大人と子供くらいの力の差があったとしても、自衛隊員と比べたら、ありと象ほどの差があるんだ、片手どころか、指先で突かれただけで死ぬほどの差だと思え、そんな人間が殺しに来るんだ、逃げ切る事も生き残ることも無理だ、だから俺に君達を殺させるな、いいな?」
私と北原君は何度も首を縦に振ると、やっと雄兄は満足したのか、私達に向けていた怒気、いや、これが殺気か?とにかく、謎の気配を収めてくれた。
「それから後ろの二人も、気を付けてくれよ?万が一レベルが1にでも上がったら監視対象となる、不便な生活は送りたくないだろ?」
恐らく動画を見て少しレベルを上げたいと思っていたのだろうが、雄兄に笑顔を向けられた二人は顔色を真っ白にして首を上下に振る事で了解の意を示した、その様子を見た雄兄はこほんと咳払いをした後に
「では本題に戻ろう、あそこでダンジョンに入れろ等と叫んでいる人間のうち何人がそんな強い力を手に入れた後に人にその力を見せる事を我慢できると思う?」
そういわれて、私達はすっかり忘れていたダンジョンの前で騒いでいる団体の方を見る、そういえば事の発端は彼等をダンジョンに入れていいかどうかという話だった。
「別に俺だってあいつらが力を手に入れて全員が暴走するとは思っていないが10人中5人がその力を自制できなかったら日本のあちこちで問題が起きるだろ、その犠牲になるのは力のない民間人だ、そんなことを認めるわけにはいかない」
だから彼等を入れる事は絶対にできないのだ、と雄兄はデモ活動を行う人間を睨みつける。
彼等は楽天家なのだ、ダンジョンという危険な場所に入るには危機感が足りなすぎるのだ、ダンジョンで力を得るという事に対しての覚悟が足りない、高レベルの人間というのは兵器なのだ。
それにダンジョン内でモンスターを倒す事だって決して危険がないわけではない、怪我を負ったり、死亡するものも出るものなのだ、にもかかわらず彼等はそれを意識していない
少しだけ北原君が何か言いたそうだったが三橋さんはそれを遮り。
「そういった認識の甘さを正すために私はカメラを持ってダンジョンに入るのです、どうやらダンジョン内で死んだ人間は骨だけを残すようなので、自衛隊が封鎖する前に入った人間がどうなったのか、それを写真や動画に残し、ネット上に上げるというのも私達が政府から受けた仕事の一つなのですよ」
三橋さんはそう言って自分が持っているカメラをポンポンと叩く。
私は今まで軽く見ていたレベルアップという物の現実とダンジョンの危険の認識を改めるのだった。