よかったな太郎、ヒロイン候補だぞ?13話兼閑話1
今回は閑話です、主に日本の将来的な冒険者象が語られています
薄暗い部屋の中に3人の男女がテーブルを囲んでいた。
一人は身長170㎝程の紳士的な男性で、10人が10人執事!という印象を受ける男だろう、3人の中で唯一の男性であり、テーブルに座り向かい合う二人をニコニコと見つめていた。
一人は身長150㎝程の女性だ、シルエットは全体的にぺったんとしたスレンダーな黒い髪を腰まで伸ばした大和撫子と言った言葉の似あう美少女だ。
最後の一人は身長160㎝程で、目の覚めるような美女というわけではないが、だがこの3人ではもっとも目立った特徴を持っていた、右目が青、左目が黒のオッドアイなのだ。
そんなオッドアイを隠すために前髪を長く伸ばした女性が、もう一人の少女に話しかける。
「〈解体〉持ちの彼が国に協力する事を決めたみたいだよ、どうする?【エリカ】は明日にでも向こうに向かう?」
エリカと呼ばれた少女は、首を左右に小さく降り、一口紅茶を口に含んだ後に返事を返す。
「残念ですが私はすぐには迎えそうにありませんは、お父様と話をしなくてはいけませんし、冒険者ギルドの設立準備もしなくてはいけません、ホルダーに対する法の整備を小尾総理と話し合いをしなくてはいけませんし……」
心底残念そうに溜息を吐くと、テーブルの上に置かれたクッキーを一枚手に取り口に運ぶ。
「セバスさんに任せちゃだめなの?」
そんなエリカにオッドアイの少女、改め【彩音】が話しかける、彩音からすれば目の前の少女が自分の知識欲を押さえて冒険者ギルドやホルダーを守る為の法整備に力を入れるのは意外だったのだ。
「冒険者ギルドを作るとなれば、私の部下の何人かは高レベルのホルダーとならなくてはいけません、自分の部下を守る為の法整備に尽力するなんて当たり前の事でしょう?」
「お嬢様はお優しいですからな」
そう言ったのはエリカの後ろに立っていた【セバス】と呼ばれた男性だ、非常に紳士的な見た目をしているが、見た目はどうみても日本人である彼がセバスと呼ばれる理由はここでは割愛する。
「そっか、エリカは部下には優しいもんねぇ…そうなると私もエリカもすぐには彼、えっと佐久間太郎さんの下には迎えないっていう事になるのか、ちょっと残念だね」
「あら、彩音ならすぐに迎えるのでは?」
エリカが意外そうにオッドアイの美女彩音を見る、自分を知識欲の権化のように扱う目の前の美女もまた、自分に劣らないほどの知識欲の権化だと知っているからだ。
「行けるものなら行きたいんだけどね、ちょっとこれ見てよ」
そう言って彩音は手元の資料をエリカに渡す、そこには太郎がダンジョンから持ち帰ったアイテムに関するレポートと、そのレポートを元に行われた実験についてが書かれている。
「ふむ、〈解体〉のスキルを使って手に入れた果実を〈調理〉スキル持ちの人間が調理した場合に限り、最後までまともに食べられるものになった…ですか?」
「そうそう、それでね、ダンジョン産の果実を〈農業〉のスキル持ちが植えたらどうなるのかとか、色々と研究してるんだけど、その経過観察とか仕事を色々と押し付けられちゃってねえ」
ダンジョンになっている果実をダンジョン外に持ち出し植える、別に普通の事に聞こえるかもしれないが、実際はその行為でどれだけ生態系が崩れるのかは誰にもわからないのだ。
外来種が増えたことで生態系が乱れるというのは世界中で問題となっていた、当然ダンジョン内の未知の生物という外来種を地球に持ち込めばそれによってどんな被害が出るのか、予想すらできない。
最初は小さな鉢植えや、実験用の畑などで行い経過を慎重に観察しなくてはいけないというのが政府の考えだ。
腰が重い、対応が遅いと感じるかもしれないが、現在日本はそれなりに安定しているし、今後数年で国が維持できなくなるような問題も見つかっていない。
そんな中に拙速に事を進めることは正しいとは思えない、結果がこの慎重な行動である。
「ですが、貴方のスキル〈魔眼〉は別に観測に優れたスキルがあるわけではないですよね?その貴方が何故経過観察等と言う仕事をしているのですか?」
彩音が持つスキル〈魔眼〉は特殊なスキルだ、〈魔眼〉を取得しただけではただ目の色が変わるだけのスキルだが、以降レベルが上がる毎に特殊なスキルを取得できる。
視界に入れるだけで相手を燃やすスキルや、障壁を張るスキル、自分の魔力を他者に分け与えるスキルなど、攻撃からサポートまで幅広く揃っているのが〈魔眼〉スキルの特徴だが、〈魔術〉系のスキルに比べて、スキル一つで出来る事の種類は少ないのと、目の色が左右で変わるという辱めを受ける事からお勧めされないスキルである。
「ボクのスキルである〈魔眼〉はダンジョンの魔力を持つ者にしか反応しないって言うのは前に話したよね?」
「ええ、確か人体に悪影響のないスキルをダンジョンに潜ったことのない人間に使おうとしたら使えなかったという話ですよね?」
「そうそう、だからさ、もしもダンジョン内の木になった果実を地上の畑に植えて、その結果その土に〈魔眼〉が発動したら、その土は魔力を持っているっていう話になるじゃん?」
その言葉でエリカはなるほどと頷く。
日本政府が恐れている事の一つにダンジョン内の果実を地上の畑に植える事で畑が変質する事だ。
例えば、植えた周辺だけが変質するのなら問題は少ない、だがこれが周囲にまで伝染するならどうだろうか?
そして、変質してしまった畑では今までの植物を育てる事ができなかったら?
日本全体で出回る食べ物に全て魔力が含まれてしまったら、その食べ物を調理する為に〈調理〉スキルを取得しなくてはいけなくなり、必然的にホルダーが増える。
ホルダーが増えれば、問題も増えるだがホルダーを増やさなければ家庭の食事すらままならなくなる。
また魔力のこもった食べ物を食べる事でレベルが上がってしまった場合はどうだろうか?
現在日本ではホルダーに対する差別はない、これはホルダーを自衛隊員等の一部に絞る事で事件を起こさせていないからだ。
今後ホルダーが増えてホルダーが犯罪を起こし、ホルダーが社会で悪だと思われればどうだろうか?
入れ墨を入れている人間は銭湯等が使えないなど、先入観からの差別というのは間違いなくある、それがホルダーに適応された場合、一度レベルを上げてホルダーになった人間はもう後戻りが出来ない。
それだけではない、もしもホルダー同士もしくは両親の片方がホルダーだった場合、子供がホルダーになる場合はどうだろうか?
生まれながらにしてホルダーだからと言って差別される未来が決まってしまうのだ、この様に様々な問題が想定される以上、政府はどうしても物事に対して慎重になる。
「それでも冒険者ギルドは作るんだねぇ」
これだけの問題が容易に想像出来てなお、ダンジョンに民間人を入れなくてはいけないという風潮を作る集団にうんざりとした表情を浮かべる彩音。
彼女とてダンジョンは開放されるべきだとは思っているが、昭和の時代の日本人ならともかく、今の日本人の理性は期待できないとも思っている。
SNSに自分の犯罪自慢を上げる学生、仕事のストレスから他者を傷つける社会人、パワハラをする権力者等、問題を起こす人間は驚くほど多いのだ。
「それでも作らなくてはいけないのです、ですが私はそれほどホルダーは増えないと思っていますわ」
そう言ってエリカは笑う、彼女の目には違った未来が見えているようだ。
「理由を聞いてもいい?」
「構いませんわ、彩音そもそもダンジョンはお金にならないのですよ?命がけでモンスターと戦い、壊れた武器のメンテナンス代を払い、攻撃を受ければ衣服が破れて買いなおし、出費ばかり嵩む中、それでもレベルを上げたいが為にダンジョンに潜る人間はどれだけいるでしょうか?」
現在、ダンジョンを開放しろと言っている物は基本的に今の仕事が気に入らずに一攫千金の夢を見ている者達が多い。
当たらないことが確定している宝くじのような物なのだダンジョンとは、そんな宝くじをいつまでも買い続ける人間はいないだろう。
「もちろん、レベルアップの恩恵を求めてダンジョンに潜る人間も出るでしょう、ですが数が少なければ管理も容易ですわ、私達が恐れる事は有象無象がダンジョンに潜り、力を手に入れ管理から外れる事、それさえ避ける事が出来れば案外なんとかなるのではないか、そう私は思っています」
「プロ冒険者とかが生まれるかもしれないのかねぇ」
ホルダーは高い身体能力を持っているため、一般人と混じってスポーツをすることはできなくなるだろう、そうなった時に、新しくホルダー同士で戦うスポーツが作られ、スポンサーがついたホルダーが冒険者としてダンジョンに潜りレベルを上げる。
企業の名前を背負っているあまりにも無法な行為は出来なくなり、品行方正なホルダーが増える、品行方正なホルダーが増えれば、悪人の代名詞だったホルダーは、プロとして子供達に目標とされる職業となる。
「ふふ、そこまで上手く行くかはわかりませんが、私達の目指すところはそこですわ」
「その為の管理体制の確立かー、なるほどね」
ファンタジーの世界でよくあるような、自由な冒険者ではなくこの世界での冒険者は、サラリーマンのような扱いになるのだ。
「将来的には中途半端にレベルを上げてしまったホルダーを農家や工事作業等に派遣する仕事なども始めないといけないかもしれませんね」
「人材派遣会社かな?」
エリカの言葉に呆れたように彩音が答える。
あまりにも冒険者という言葉からかけ離れたその存在を想像し、彩音は口元に笑みを浮かべるのだった。
冒険者とはいったい、うごご