主人公の成長回、人によっては寒気が走るかもな13話
「そうですか、ダンジョンの1階層で毒キノコが手に入るのですか、それはまずいですね……」
ダンジョンで〈解体〉スキルを試した私達は電話で【小尾総理】と話していた。
あの後、1分以内に倒した2匹のネズミは無事に、2匹とも解体の対象となり、私達は今日の実験は終了して外に出てきたのだ。
電話の向こうでは【小尾総理】の他に、【神成防衛大臣】と【西博士】が私達の報告を聞いていた。
「申し訳ないのですが、そのキノコとキノコを鑑定した時に表示されるデータを我々に送ってください、出来れば1本ではなく、複数本あると嬉しいのですが」
「わかりました、明日手に入れて送らせていただきます」
雄兄が電話の向こうの小尾総理に頭を下げながら返事をしていると、隣に座っている神成防衛大臣がそんなことより、と言い
「〈解体〉のスキルを使って手に入れたアイテムはダンジョン外に持ちだせる、という事でいいんだな?」
「はい、試したのは先ほど報告し『キノコ』ネズミから手に入りました『爪』『肉』『尻尾』『牙』のみですが」
「なるほど、何が違うのかわかりますか?」
雄兄の報告に疑問の声を上げたのは、西博士だ。
「今のところは詳しい事はわかりません、ですが魔力の項目が怪しいかと思っています」
「魔力ですか…」
雄兄の言葉に西博士が考え込む、残念ながら、私の鑑定Ⅰの効果は私が倒して〈解体〉した対象にしか発揮されない、その為具体的に魔力の流れの様なものはわからないのだが、なんとなく〈解体〉や鑑定Ⅰを使った時に、〈解体〉や鑑定Ⅰの対象にならない相手からは弾かれるような感触があったのだ。
それに対して、倒したばかりのネズミや〈解体〉が発動したキノコは抵抗が少なく、こちらの魔力を受け入れてくれているような感覚があった。
それがきっと魔力ではないか?とあやふやな感覚を雄兄に説明し、それを西博士に雄兄が話している。
「なるほど、実際我々科学者も〈魔工学〉のスキルを魔石に使う時、何とも言えない感覚を持つことがあります、それを説明しろと言われても難しいですね」
雄兄の説明に、西博士も納得してくれたようで、私はほっと胸をなでおろす。
なんとなくあの博士がマッドサイエンティストに思えていたのだが、そんなことはないようだ。
「さて、佐久間さん今後については決まりましたか?」
雄兄と西博士の話し合いがひと段落ついたのを見て、小尾総理が私に向かって質問をする、この質問の意味はきっと、〈解体〉要員として、ダンジョンの奥深くに進むか、それとも北原君のように公務員として、ダンジョンの上層だけで生きるかという意味だろう。
「ええ、決めました」
その質問に対する答えを私はずっと迷っていた、だがさっきネズミを見たことと、北原君やキララ嬢と一緒に行動をすること、そして何より〈解体〉のスキルを使う事で決める事が出来た。
「私を〈解体〉要員としてダンジョンの奥へと進ませてください」
私の言葉に小尾総理は頷き、神成防衛大臣はにっと男臭く笑い、西博士は希少動物を観察するような目を向けてくる。
「いいのか、太郎?一度決めてしまえば多分覆す事はできないぞ?」
雄兄だけが私を心配そうにこちらを見ている、そんな雄兄の優しさが嬉しいと、同時に妬ましかった。
そう私は、いや僕はずっと雄兄が羨ましくて妬ましかった。
周りから好かれ沢山の男女ともに友人を作る事ができる雄兄が、自慢だったが、羨ましかったんだと思う。
それだけじゃない、北原君の無謀なキララ嬢への好意から出来る無謀な行動も、キララ嬢のアイドルでトップを目指すという夢も、そんな無謀な事に躊躇なく出来る若い子達が羨ましかった。
枯れた振りをして彼等の行動を一歩引いてみている大人な自分を演じているのが恥ずかしかった。
〈解体〉のスキルを手に入れ、初めて使ったあの時、何とも言えない暗い優越感が浮かんだ、自分だけがこのスキルを使えるという優越感だった。
きっとここで大人な選択をすれば、僕は残りの人生をきっと後悔して生きる事になるだろう。
痛い思いも苦しい思いもするだろう、だけどそれでももう一度だけ、根拠もなく自分なら大丈夫だと自分に言い聞かせてみよう。
もういい大人なんだからなんて言い訳はやめよう、選択した先が失敗だったらなんて恐怖に怯えるのもやめよう。
自分の持つ劣等感で北原君やキララ嬢を羨むのはやめよう、羨むくらいなら、一歩だけ前に出てみよう、そう思えたのだ、彼等と一緒にダンジョンに潜っている間に。
だから僕はダンジョンの奥を目指す事に決めたのだ、例えその先で死ぬことになっても。
「ふむ、佐久間さんに覚悟が決まったことはわかりました、改めて言いますが、自衛隊員と共にダンジョンの奥深くを目指す以上、以降一般の人間と同じに扱う事はできません、当然様々な制約がつくことになりますが、よろしいですね?」
小尾総理の言葉に私は頷くと、私の体に何かが流れ込んでくる感覚がある
「今後、佐久間さんが〈解体〉について誰かに漏らした場合、私の方で把握できるようになりました、最悪、殺害される危険性もあると覚えておいてください、そしてその時に殺害をするのは青木さん、貴方です」
小尾総理の言葉に僕は頷き、雄兄も渋々頷く。
そんな私達に対して、笑みを浮かべて神成防衛大臣が話しかけてくる。
「心配するな青木二佐、これは俺の感だが佐久間君は〈解体〉について話したりしねえよ、多分彼なりの葛藤があって、随分悩んだ末に選んだ答えだろうしな」
俺はお前さんみたいな人間好きだぜ?と言って神成防衛大臣が僕に笑いかけてくる、なんとなく恥ずかしい。
「それでは青木君、我々は研究チーム〈勾玉〉は君に大いに期待している、よろしく頼むよ」
そう言って西博士が部屋を出ていくと、神成防衛大臣もまた手を振りながら出ていく。
最後に残った小尾総理は、すいませんねと一言謝った後に
「それでは佐久間さん、貴方の決断が貴方にとっての幸福であることを願っています」
そう言って部屋を去っていき、電話の向こうには誰も居なくなった。
「本当によかったのか太郎?」
ふーっと大きく息を吐いた雄兄が僕に問いかけてくる、その目には僕を心配する色がありありと映っていた。
「大丈夫だよ、雄兄、僕なりに色々と考えたんだ、それに雄兄は知ってるだろう?僕は知識欲が豊富なんだよ」
僕が笑うと、雄兄もふむっと一つ頷いた後に、にっと笑い
「お前が僕って言うのは久々に聞いたな」
「そうだね、社会人になってからは、一人称私の方が対人関係がよくなると思って、私で通してたからね。ただちょっと思う所があって、少し若い気分に戻ってみようかと」
僕が笑うと、雄兄も笑う、きっと今日の選択を後悔する日が来るだろう、それでもせっかくの後悔しない人生なんてないんだから、せめて死んだ時に、あの時、この選択をしてよかった、そう思って死にたいものだ。
イメージ的には仕事をやめるか続けるか迷っていた人が、何かの拍子にあっさり辞表を突きつけて、旅に出たりする感じ