今のはメラゾーマではない、メラだ(ただし消費魔力はメラゾーマ)10話
バッタ討伐2日目、土日を挟んだせいなのか、北原君のテンションは朝から高かった。
キララ嬢もそんな北原君のやる気に引っ張られたのか、いつもよりも元気にダンジョン内を歩いている。
心なしか、三橋さんも嬉しそうなのは担当アイドルの人気が上がる気配があるからだろうか、確かに逆に微妙なランキングって探しにくいよね。
そんな3人の前を歩く雄兄は既にお疲れの気配があるのだが、まぁ頑張ってほしい。
バッタ狩りを始めて2時間程が過ぎた、そろそろお昼休憩かな?と思っていた時北原君がよし!と叫ぶ、その声に反応してキララ嬢が北原君に駆け寄り、三橋さんはカメラの録画を切り二人を見ている。
「やった、やりましたよ、キララちゃん、俺ついに〈火魔術〉を手に入れました!」
ガッツポーズをしながらキララちゃんの方を見る北原君と、その北原君に笑顔を向けながらすごいすごいと言っているキララ嬢。
これで少しはキララ嬢のランキングが上がってくれればいいんだがねぇ、と私が思っていると、雄兄が昼休憩を取る為に安全地帯に移動する事を告げる。
「待ってください、一匹、一匹だけでいいんで、スキル使って倒させてください!」
まぁ、新しい玩具を手に入れたら使いたくなるよねぇ、まして気になる女の子がその玩具に興味持ってるんだし、なおさらだよね、と私が思っていると、雄兄は少し考えた後に、休憩地点の近くのモンスターならいいぞ、と許可を出す。
その言葉に北原君は嬉しそうに頷き、キララ嬢も雄兄に礼を言って隊列の中央に戻る。
休憩地点が見える所まで移動すると、そこには一匹のバッタがいた。
雄兄は北原君に
「スキルを使う準備をしておけ」
と声をかけて、頷いたのを確認すると、バッタの所まで一気に駆け抜け、そのバッタの首を掴み押さえつける。
普段なら踏みつけるのにどうしてわざわざ?と疑問に思っていると、北原君が左手で右手の手首をつかみながら右手をバッタに向ける。
キララ嬢はそんな北原君を応援し、三橋さんも期待した目でカメラを向けている。
そして、30秒くらい経過した時、北原君の右手から、バレーボールサイズの炎の塊が生まれバッタに向かって飛んでいく。
ただ、残念ながら飛んで行った先はバッタではなく、バッタを押さえた雄兄だったが、その事に気付いた北原君は顔を真っ青にし、キララ嬢は手で目を覆う、そんな中雄兄は手に持っていたバッタを摘まみ上げると、そのまま飛んできた火の玉にバッタを投げつけた。
雄兄が勢いよく火の玉へと投げたバッタは空中で回転し、凛々しい顔で火の玉へと向けてキックをする、その顔は決して自分の勝利を諦めることなく、最後まで自分の力を絞り切った漢の顔だった……
まぁ、北原君の火の玉であっさりと燃え尽きたんだが。
「す、すいません、青木さん、大丈夫っすか?!」
私がバッタの最後まであきらめない姿に心の中で称賛を送っていると、北原君は雄兄の下に駆け寄ろうとして、その場で膝をつく。
多分、北原君の火の玉が直接当たっても問題にはならないのだろうけど、慣れない力を雄兄に向けて焦ってそこまで頭が回っていないのだろう、そして混乱した状態でやったことは言い訳等ではなく、雄兄の事を心配したのは個人的に、北原君を良い子だなぁ、と思う。
人間、混乱した時ほど本心が出るものだからね、私がやった時に言い訳とかせずにまず謝る事が出来るだろうか何てことを考えていると、雄兄は北原君に大丈夫だと伝え、そのまま膝をついた北原君に肩を貸す。
「それで雄兄、北原君はどうしたの?」
と私が問うと
「お前は従兄である俺をもう少し心配してもいいんだぞ?」
と返事が返ってくる、どうせ焼かれたって痕も残らないんでしょ?と私が言うと
「服は燃えるぞ、放送事故になるな」
と三橋さんが持っているカメラを指さす、30超えたおっさんの放送事故って誰得なのか。
「北原に関しては魔力の使いすぎだな、多分さっきの一撃で7、8割の魔力を使ったんだろう、そのせいで体のバランスを崩したんだろうよ」
と言う、支えられて立っている北原君はと言うと、首を捻った後に
「よくわかりません」
と言って手をグーパーさせている。
「使った本人が一番よくわかるんだろうが、魔法は呪文名を言えば適当に魔力を調整して発動してくれるものじゃないからな、恐らく、キララの前で良い所を見せようと、過剰に魔力を注ぎ込み、コントロールが出来なくなったんじゃないか?」
と言う雄兄の言葉に北原君は首を捻った後に
「そうかもしれないっす」
そう言って頷く。
なるほど、これは魔法を使って戦うっていうのは私が思っていた以上に大変かもしれない
1日1発だけとか1時間に1匹だけを相手にするなら調整が甘くてもある程度はいいかもしれないが、一応ある程度の数のモンスターを狩るのが私達の仕事だ、まぁ、昨日の雄兄の話を考えれば別に倒さなくても国としては困らないのかもしれないが、特別扱いしている以上は一定の仕事はしないと文句を言う奴等は必ず出る。
しかし、1日に何発も魔法を撃つとなると、その都度、その時に適切な魔法をイメージして撃たなければいけなくなるわけだ。
戦闘中に、自分を殺そうと向かってくる相手と向かい合いながらだ。
確かに今なら噛まれても爪で引っ掻かれても大した傷は出来ないかもしれない、だからと言って自分に殺気を向けてくる相手に相対する精神的な負担はかなりのものだろう。
「貧乏くじ引いたんじゃないかなぁ、北原君」
私の言葉は彼の耳にも届かなかったようだが、彼もきっと同じことを考えているだろうと、その引き攣った顔を見て思ってしまった。
「しばらくは北原は戦えないだろうからいったん休憩所に戻るぞ、太郎は北原に肩を貸してやれ」
雄兄の言葉に私は頷き、北原君に肩を貸して立ち上がる。
キララ嬢は三橋さんのところに駆けていき、先ほどの北原君が放った魔術の動画を確認している。
そんな二人を北原君は満足げに見ている、北原君が楽しそうなら私はそれでいっかー。
魔法の制御ミスで疲れている北原君を連れた私達は安全地帯で昼休憩を取っていた。
使った後は疲れ切った様子を見せていた北原君だが、お昼休憩の1時間の間に結構回復したようだ。
「さて、午後からだが、北原はここに置いていく、回復したように見えても目に見えない疲労が残っているだろうからな、後、キララと三橋もここに残れ、俺達に付いてくるよりも北原にインタビュー取った方が動画の数字にもなるだろうからな、北原は休憩がてらここでスキルの練習をしろ」
一瞬キララ嬢が雄兄に反論しようとしたが、三橋さんに諭された後に笑顔で了承する、確かに地味な私の戦いについてくるよりも、北原君の魔法をバックにした方が動画映えはいいんじゃないかな。
「そういう訳だから、北原、お前は魔法の練習をしろ、さっきみたいに一発撃ったらしばらく休憩しないといけないなんて状態じゃあ使い物にならん」
雄兄の言葉に北原君も真剣な表情で頷き、直後にキララ嬢に話しかけられて嬉しそうにだらしない笑顔を浮かべる。
「16時になったら戻ってくるから、それまでになるべく多くの魔法を使えるように練習しとけ、多分魔石の色が変わる事はないと思うが、一応注意は向けておけよ、それじゃあ行くぞ、太郎」
私は食べ終わったお弁当をカバンにしまって、休憩所に置いていこうとしたら、雄兄に筋トレを兼ねて背負って行けと言われた、残念。
安全地帯から離れてバッタを探していると、雄兄がはぁーっと長く息を吐いた後に背伸びをする。
「いやー、お守無してのは随分気楽だな、さて少しペースを上げて狩るぞ、予定よりも遅れてるからな」
「別にペースとか気にすることないんじゃない?私達に魔石を手に入れさせてるのも大義名分の為なんでしょ?」
結局私達が手に入れる魔石なんて言うのは対して役に立っていないのだ、にも拘らず私達にダンジョン内に潜らせているのはダンジョンに潜っている軍人以外の人間と言う前例を作る為だ。
前例主義の日本では前例があると言う事が大事である、そして他の人間も前例があるからいつか自分の番も来るだろうと考えるのだ。
現在の日本政府は、ダンジョン出現時のごたごたを上手く乗り切ったことで、高い支持率を維持している、全盛期に比べて下がっているとは言え、元が高すぎただけなのだ。
その為、政府が調整中であるという姿を見せれば多くの人間が今の政府なら、自分達に不利益な事をしないだろうと信頼されているのだ。
「できれば今日中に太郎のレベルを5に上げたいんだけど、難しいだろうからな、まあ、気楽にやろうや」
そう言って雄兄はタバコに火をつける、ダンジョン内は禁煙じゃないのだろうか?
「今までダンジョン内でタバコを吸ったり、野営をして天井から水が降ってきたことないから大丈夫じゃねえかな」
「スプリンクラーなんてついてるわけないか、ダンジョンだよここ……ついてないよね?」
私が思わず天井を見ると、気のせいだろうけど、天井から機械的な光が返ってきたような気がして目をこすると、そこにはいつも通りの岩でできた天井があるだけだった。
「変な事言うなよ、水降ってくるかと思ったじゃねえか」
雄兄もあり得ると思っていたのか、身構えていたようだ、なんだろう、このダンジョンを作った人……?いや神?は酷く軽いノリでダンジョンの改変くらいやってのけそうだと思ってしまう。
「あほな事言ってないで、バッタを狩りに行くぞ、今日はスパルタ気味に行くから覚えておけよ」
余計な事を言った私はこの後、無事にLVが5に上がるまでバッタを狩る事になった。