まだあの夢を抱えていますか?
――また、思い出していた。
真奈のことは僕の無意識下に沈んでいるようで、今でも時折ふと頭を過る。
二十代後半、アラサーと呼ばれるに相応しい年齢となった僕は、しがない書店員として毎日を送っていた。
朝番のその日、入荷された大量の本を陳列させながら、久々に思い出した彼女のことを考えた。
彼女は今何をしているのだろうか。
昔と変わらず、「陰気くさいでしょ」と言いながら楽しそうに物語を綴っているのだろうか。
そうだといい。
いつまでも穏やかなその夢を腕に抱えていて欲しい。
文庫本の棚から、単行本の棚へ移動する。
今日発売の単行本を、表紙が見えるように並べていく。
もしいつか、彼女の本が世に出たら。
いつもと同じように、僕はこの棚に並べるのだろう。そして僕の手で売るのだ。
もしかしたら、僕が知らないだけで既に手に取っているかもしれない。本名を出さない作家なんて世の中にはゴマンといるのだから、その可能性はある。
物語を作る手助けがしたい。
そう思って入ったこの世界。僕の手で彼女の本を売ったのだとしたら、パッとしない僕の人生も少しは華やかになる。
そう思った時、僕はふと、機械的に動かしていた手を止めた。
今しがた自分で置いた、一冊の本が気になったのだ。
イラスト調の装丁に、『○○文庫新人賞受賞作品書籍化!』と派手に書かれた帯がある。作者の名前は『愛瀬イオ』。
マナの二文字が被ってる、ただそれだけだ。
でもそれがどうしようもなく気になった。
――あとで読んでみるか。
後ろ髪を引かれながら、陳列作業を続ける。
面白かったら、ポップでも付けてみようかな。
陰気くさいでしょ、と楽しそうに話す真奈の姿がその表紙を見た瞬間に浮かんだのは――気のせいだろうか。