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ハニー8



 近所のファミレスで、私の横にシュンが座り、向かいに達巳が腰を下ろした。


 水で舌を湿らせてから、私からまず一言。



「なんで来たの」



 メニューを見ていた達巳が、はぁとため息をつく。



 おい。ため息をつきたいのはこっちだから。



「蜜んとこの社長さんから、酔った勢いで婚姻届出したって聞いた。間違いで提出したものは仕方ないけど、たとえ無効にできなくても、すぐに離婚はできるんだろう? 蜜が再婚できるまでの半年待つから、俺と結婚しないか?」


 え。なんでここでプロポーズ? 逃した魚が惜しくなったとか?



 だったら最初から浮気すんなよ。



 浮気現場を目撃する前なら感動で泣きながら頷いていたけど、今はもう絶対に無理だ。生理的に、無理。無理、無理、無理。


 浮気もだし、相手が悪い。私の幼馴染と浮気するとか、ないでしょう。


「お断――」


「お断りします。俺、離婚する気ないから」


 私の言葉を持っていっただけでなく、なんかとんでもないことを宣言しだしたぞ、この子。


「君、見たところまだ高校生だろう。いいのか、こんなおばさん相手で」



 おい、おっさん。おまえこそ紛うことなきおっさんじゃないか。



 たった今しがたプロポーズした相手を、なぜ貶める必要がある。


 半眼になっている私を無視して、達巳はシュンと対峙していた。


「俺のハニーは全然おばさんじゃない。それに、年上のお姉さんがタイプだし」


 でしょうね。そうだと思ってたよ。


 私をおばさん扱いしないシュンの方が断然かわいいわ。


「ご飯おいしいし、優しい」


 うちのシュンはなんていい子なのか。


 ちょっと親目線で目頭が熱くなる。


「ハニーって……。ちょっと引くわ……」


 達巳が私をかわいそうな目で見てきた。


 私が言わせてるわけじゃないのに。


 テーブルで指を組み、達巳がシュンへと照準ー合わせて静かに口撃しはじめた。


「蜜の飯がうまいことは君よりも知ってるよ。お人好しなところも。だから君みたいな子供には怒らないだろう? 現実的な問題として、君に蜜を養っていける生活能力はないんじゃないか? ヒモみたいに暮らすつもりじゃないだろうな?」


 シュンが痛いところを突かれ、言い負かされて、唇を引き結ぶ。



 私としては、高校生に生活能力なんて求めてないがな。



「若いんだから早まることはない。だから、蜜は俺に返してくれないか」


 だから、おい。私の意思は丸無視か、このやろう。しかもいたいけな高校生をいじめて。


 そして自分の罪はなかったことにしてるし。


「私はあんたのものじゃない。一度浮気するやつは、結婚してからも同じことを繰り返す。旦那が浮気してるんじゃないかと毎日疑いながらの生活なんてしたくないよ」


 取りつく島もなく、拒絶してやると、達巳がむっとして言い返してくる。


「だからそいつと結婚したままでいると? そっちの方が浮気するだろう、若いんだから」



 まあ、……シュンは若いわな。かなり。それにイケメンだし?



 浮気しないとは言い切れない。今は胃袋を掴まれたばっかりだから私から離れたくないだけで、そのうち味にも慣れて飽きるだろうし。



 昨日の今日で私はずいぶんほだされているし、年を取ってから捨てられたらたまったものではないが……。



「浮気なんかするかよ、あんたじゃあるまいし。……ねぇ、ハニー。俺、一途だよ?」



「そう言われてもねぇ……」



 この子どんだけ私に胃袋掴まれてるの? 冷凍ホットケーキと野菜炒めで落ちるなんて、ちょろすぎない?



 私が煮え切らない態度だからか、達巳が少々苛立ちを込めて言った。


「だいたい君さ、親はなんにも言わないわけ?」


 達巳の攻撃的なその言葉に、シュンは一瞬だけ、怒りのような悲しみのような、仄暗い表情を浮かべた。それを押し殺して、平坦な声で返す。



「……親、いないから」



 これは触れちゃだめなところだ。誰だってわかる。なのに、性格の悪い達巳が、辛辣な一言を口にする。



「だから常識がないのか」



 カッと顔を紅潮させたシュンが、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


 眉ひとつ動かさない達巳を射殺しそうな眼光で睨みつけ、拳を握りしめて無言でファミレスを出て行く。


 追いかけようと席を立った私の腕がすれ違いざまに掴まれた。


「話はまだ終わってない。あんなガキにまんまと騙されて。お人好しがすぎるんだよ。それに若いってだけだろ、あんなの。どこがいいんだよ」


 まだあの子を貶めるのか、このおっさんは。


「いいか、達……龍崎さんよ。まず、浮気したやつに発言権などないからな!」


「おまえだってあの高校生と楽しんだんだろう? だったらお互いさまじゃないか」


 下世話な想像をされていたことに、私は顔を赤くして憤慨した。


「やってないわバカ! だけどあんたはたった今、浮気したことを認めたよね? もう金輪際私たちに関わらないで! 浮気相手とどうぞお幸せに!」


 掴まれていた腕はほどけなかったので、逆に掴み返して達巳の肘の内側、ファニーボーンをテーブルの側面にぶつけてやった。


 悶絶する達巳を捨て置き、私はシュンを追いかけるべくファミレスを飛び出した。






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