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ハニー6

シュンくん素ですが、言動にご注意を。



「うまぁ!」


 ただの野菜炒めにこんなにも感激してもらえると作ったかいがある。


 見た目はわりと大人っぽい雰囲気なのに、ご飯を食べるときだけ年相応に見えてかわいい。


 シジミの味噌汁もお気に召したらしく、一口飲んでほぅと息をつき、あの小さな貝を箸でつつくほど綺麗に食べきってくれた。


「自分で作ったからおいしいのかもよ?」


「うーん……自分で作っても、あんまりうまかったこと、ないよ」


「……そう」


 思ったよりも複雑なお家の子なのかしら。


 こんな十も離れた年上と結婚するぐらいなんだから、そうだよねぇ。


 泣きぼくろが切なさをいっそう深めていて、私はついつい甘やかすようなことを言ってしまう。


「お腹空いたら、またおいで。たいしたものは作れないけど、まぁ、おにぎりくらいなら食べさせてあげるから」


 シュンが一瞬嬉しそうにはにかんだが、それはすぐに自嘲するような笑みへと変わった。


 どうしたんだろうと心配している私に、今度は作りものじみた、妙に艶とした笑顔を見せて箸を置く。不覚にもどきっとさせられた私の背中まで回ってくると、ぴたりと身体を寄せて抱きついてきた。



「ハニー……する?」



 ……する?



 言葉が足りなくてなにを言っているのかわからない私の耳に、ちゅくりと水音を立てて、生あたたかく濡れたものが入れられた。



「ふぎゃぁっ!!」



 なんとも情けないしっぽを踏まれた猫みたいな声をあげた私は、シュンの腕の中でのけぞった。



 だってこの子、耳に舌を入れてきましたよ!?



「な、なっ、なにをっ、なにをしてんですかねえ!?」


 たぶん私はこれ以上にないくらい真っ赤になった顔で、シュンを見上げた。きょとんとしてやがる。



「なにって……愛撫? 前戯?」



 おいおい、マジか。マジなのか。するって、そういうことだったのか!



「しなくていいから!」



 シュンの腕をほどいて押しやると、彼は戸惑いを浮かべて尋ねてきた。


「……前戯なしでやっていいの? 痛くない?」



 ぐはぁっ! 伝わってないし! やりたい盛りか!!



「だーかーら! そういうことはしないの! 同級生とキスまでの健全なお付き合いをしてらっしゃい!」


 遊園地でもデートしに行って、どきどきしながら初々しく頬を染めて手でも繋いで来なさいよ。最後にキスをして、にまにましながら帰っておいで。


「え……でも、……え?」


 なんで困惑する。


「なんの見返りもなしに、ご飯食べさせてくれるって、こと?」



 ……どんな生活してるんだ、君。



 呆れ果てた私はこめかみをぐりぐりと押さえてから、びしりとその指をシュンへと突きつけた。


「あのねえ! 高校生相手にそんなこと求めてないから! 学生はほどほどに勉強して、グラウンド走って汗水流して、ご飯食ってうまうま言ってればいいの!!」



 シュンが、衝撃を受けた! という表情で固まった。



 お礼が身体に直結しているあたりで、なんとなくわかっていたけど、これはこの子の周りの大人が悪いわ。


 なまじイケメンなだけに、見返りを身体で要求されてたんだろうな。最低ー。


 シュンは私がこれまで相手してきた大人と違うことを完璧に理解したのか、かわいそうなくらい血の気を引かせて唇をわななかせる。



「……軽蔑、した……?」



 したって言ったら、泣くんじゃないかというくらいに怯えている姿は、年齢よりも幼く見えた。


 軽蔑って言うより、びっくりしただけだ。


 私は鞄を漁って、会社で余ってもらってきた茶請けのクッキーをシュンの手に握らせ、甲をぽんぽん叩いて慰める。


「子供がなにか間違えたとしても、それを軽蔑するなんてことはないよ」


「……子供じゃ、ないし」


 ラグの上で体育座りをして丸くなるシュンが、膝に顎を乗せて拗ねて呟いた。クッキーはちゃっかりとポケットにしまっている。



 なんだかなぁ、この子の将来が心配になってきたんだけど。



 今、離婚の話を切り出す勇気ないわ。


「あー、うん。子供では、ないよね」


 身体はね。細身なのに抱きつかれると重たいし。


 私がごまかしたのが気に食わなかったのか、シュンがむっとして睨んできた。

 

「棒読み」


 扱いにくいなぁ、もう。


「そろそろ、お家帰んなくていいの?」


「……寮」


 余計帰れよ。寮母さんとか、鬼のようなおばさんじゃないの?


 シュンはむすっとして視線を落としながら、それでもちょっとだけ沈んだ声で問いかけてきた。


「……早く帰ってほしいの?」


「別にそんなことはないけど、門限守らないと、罰として一週間トイレ掃除とかさせられない?」


 私が追い出そうとしているのではないとわかると、まとっていた憂いを払って笑う。


「いつの時代の寮だよ」


 悪かったな! 一昔前で!


「俺はバイトしてるから、遅くても大目に見てくれる。表面上は真面目な生徒だから」


「ああ、そう……」


 まあね。制服も着崩してないし、派手に髪を染めたりもしていない。ピアスホールはあるけど、ピアスもしてない。優等生っぽくはなくても、ぱっと見爽やかでにこにことしていれば先生たちにかわいがられそうなタイプだ。


 高校生いじめる趣味もないし、私は門限はきちんと守ることを約束させ、それまでは好きにさせておくことにした。





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