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シュン13

遅くなってすみません……m(_ _)m



 自分から進んでこの屋敷の敷居をまたぐのははじめてのことだった。


 先にあの浮気男が乗り込んできているけど、共闘を組むつもりはさらさらなかった。共通の敵が出現して、敵同士が手を組むなんて、馬鹿げてる。


 俺とハニーの仲を引き裂こうとするやつはみんな消えればいいし、ハニーを傷つけるやつは死ねばいいよ。


 裏門の右下あたりを蹴飛ばすと、内側のかんぬきの外れる音がして楽々進入できた。皮肉にもこの屋敷に住んでいた経験が生きた。


 玄関方面からは、男女の言い争うような声。浮気男と、お手伝いさんのだろう。取り次ぎを頼まれてのこのこ出て行く叔母ではない。ちっとも役に立たず自分にはむかうような人間は、もう用済みのぼろぞうきんで、あとはゴミ箱に捨てられるだけ。同情はしない。


 正攻法で行っても無駄。だから、裏口から寝首をかく気概で行かないと。もしハニーに少しでも傷がついていたら、その意気込みが現実のものとなっていた。


 離れにつながる廊下の窓も、確か立て付けが悪かった。がこがこ揺らすと、すぐに半分ほど開く。こういうささいな家の不調を直す余裕がないことが、この家の財政状況を物語っている。


 そこから身を乗り出してなにくわぬ顔で中に入り込み、母屋の叔母のいる部屋に乗り込んだ。


 途中、奥の間にに飾られていた、精緻な意匠の施された祖父の太刀の、その細長い鞘を掴み取って。


 叔母がいたのは居間だった。一緒にいた愛莉が、純粋な驚きの顔をする。そして俺の表情と、手にしたものを目にした途端、それはわかりやすく恐怖の混じる驚愕へと変わっていった。


 柄を握りしめて鞘を捨てると、現れた刀身。明かりを冷たく反射するその切っ先を、まっすぐ叔母へと向けた。


 俺の登場には眉ひとつ動かさなかったけれども、さすがにこれには驚いたようだった。


 叫ばれる前に、一応牽制しておく。



「声出したら、殺すから」



 頷くことはなかったが、真一文字に結んだ唇を肯定と受け取った。

 

「たった今、彼女と別れてきた。これであんたの望み通りだよ。気分はどう? 愉快?」


 口を開きかけたから、刃を首筋に垂直になるよう沿わせた。


「刀なんて使ったことないからさ、手元が狂ってもいいなら、しゃべってもいいけど?」


 言ってから、ふ、と笑みがこぼれる。


 どう受け取ったのか、叔母が、奇妙なものでも見るような眼差しで俺をまじまじと眺めてきた。そして小さく唇をわななかせて、なにごとかを呟く。


「なに? はっきり言ったら?」


「やっぱり……育ちが悪いとだめね。と言ったのよ。畜生と同等の、化け物よ、あなた」


「……へえ?」


 誰が、俺をこんなにしたんだろうね。ほんと。


 しかも、畜生が化け物と同等って。


「少しでも温情をかけようとしていたこの私が間違っていたということかしらね」


 いつ温情なんていつかけていたんだろう。甚だ疑問だ。


 温情をかけているのはむしろ、こっちだ。


「警察でも呼ぶ?」


 一瞥した先で、愛莉が声もなくじり、と後ずさっていた。拘束しているわけでもなく自由だから、行こうと思えば電話のあるところまで走っていける。身内の刃傷沙汰という醜聞が広まってもいいのなら、警察沙汰にすればいい。


 だけどそうしないのは、この人が自分が世界の中心だと思っているからだ。こんな状況でも、きっと自分だけは殺されないと、自惚れている。


 生殺与奪の権利を握っているのは、明らかに俺の方なのに。



 なんか……もうどうでもいい。……疲れた。



 考えることも、恨むことも、永遠に通じ合えない相手と、これ以上会話しようとするこの努力も。


 柄を握る手に力を入れたそのとき、背後から、大きな手のひらが止めた。白いのに、あたたかな手。


「だめだよ。すり傷でも、つけたら君が加害者にされてしまう」


 刀はあっさりとと彼の手に渡り、ガシャン、と床へと捨てられた。


「別に加害者でいいし……、もう、どうでも」


「人生を悲観するには君はまだ若すぎるよ。悲しむ人がいることを、まず教えないといけないね。……とはいえ、まあ、これは刃引きしてあるだろうけどね」


 刃が潰してあることは知っていた。多少首筋に当てたところで切り傷ひとつつけららなかっただろう。そんなことは承知の上だ。


「……知ってる。でも……」


 こうでもしなければ、この人には伝わらないんだから、仕方ない。……結局化け物扱いされて終わりだったけど、ハニーと俺がもう無関係だと言うことだけは、伝えられた。

 

 彼がわかっていると言うように、ぽんと頭に手を置き、前に出た。


「これ以上この子に付きまとうのは得策ではないと思われますが、どうでしょう? おかげさまでこの子はまだ私との養子縁組が継続しているようですので、私が責任を持って連れて帰ります。今度こそ」


「他人が」


 口を挟むなという前に、彼は言った。


「他人はあなたのようですが? 彼はすでに結婚しているので成人と同等の扱いを受けるべきですし、放置していたとはいえ私の息子だ。彼の行ないの責任は私にもある。ですが、不法侵入と脅迫? その程度ならばあなた方のしたことを差し引くと、お釣りが来ると思いますよ」


 彼がなにやらバサッとローテーブルに黒いファイルの束を放った。やたらと禍々しい色の黒だった。


「なんていうのだっけ、置き土産? 餞別? です。ご自身が清廉潔白な身の上だとしても、周りの人間を叩けばいくらでもほこりが出てきますからね。――ああ、一応さきほどの過失運転についての写真もしっかりと収めてありますよ」


 バラ、と写真をばらまく。


 ハニーを轢こうとした人間は写っていなかったけど、ナンバーはかろうじて読み取れた。


 ……いつ、撮ったのか。


「まさかこの子の傷をえぐるようなことをなさるとは思いませんでした」


 彼は、私のも、とごく小さく呟く。


 その響きには、味わった悲しみ以上に、やり場のない怒りが渦巻いていた。


 俺の母親、彼の最愛の人は、事故で死んだ。交通事故だった。別にその瞬間を目撃したとかではない。


 ――それでも。


 これはあまりにも卑劣なやり口だった。その一瞬でハニーと決別することを決めてしまうくらいには、心を深く深くえぐりつけた。


「この子が暴走してくれなかったら、私がやっていたかもしれませんね」


 刀身を愛でるように撫でながら、なんか本心からこわいことを言いはじめた。


 自分より狂っている人間を目の当たりにすると冷静になるっていうのはほんとだった。ちょっと頭が冷えた。


 この人に持たせておく方が危険だ。刀をやんやり奪い取る。打ち捨てられていた鞘を拾い、刀を元に戻しかけて、まだひとつ使い道があることに気づいてそのままにしておいた。


「もう二度と、この子に関わらないでください。約束が守られなければ、今の生活を失うということを、ゆめゆめお忘れなく」


 彼に肩を抱かれるようにして、部屋を出る。


 振り返ることはなかった。最後に叔母がどんな顔をしたいたのか。知ろうとも思わなかったから、わからないままだ。


 ただ、ちらりと視界にとらえた愛莉は、俺と目が合うと怯えた顔をさらに強張らせた。その様子だと、二度と話しかけても来ないだろうと思った。それを、寂しいとは思わなかった。


 まだあとひとつやることがある。彼には気づかれないように平静を装いながら柄を握り直し、まっすぐに、まだうるさい声のする玄関口の方へと向かった。





年内には終わらせたい……(´・ω・`)

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