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ハニー41



 ついこの間失態を犯した件に学び、ノンアルコールのビールを呑んだ。なぜか酔えてしまって大変だった。シュンと別れたその足でふらふら入ったゲーセンで、今回は諭吉さんが派手に舞った。


 だって……助けてくれる、うちの子がいない。……アメリアも、死んだ。キーチェーンが取れてしまった。


 次はないって言ったのに、もっと強く達巳を突き放していればよかったのに。



 シュンの代わりなんて、いないのに……。



 ばかだな、私。バチが当たったんだ。



 仮病で会社を休んでさんざん荒れて呑んで起きたらなぜか夕方で、新しい家族が増えていたことにはちょっと驚いた。アメリアとデザイン違いの人形がいくつか、無造作にこてんと転がっている。私はいったいいくら投じたんだ。


 しかもよくよく我がゴミ屋敷の床を見ると雑貨屋さんの袋とレシートが落ちていて、どうやらゲーセンでは取れずに、たぶんキレて購入したことが判明した。


 売っているのなら、はじめから買えばよかった。


 だけどそれじゃあ、シュンと会うこともなかったのか……。


 愛らしい人形たちの乱れた服を軽く直して、座り込んだ床にそっと並べる。


 だけどどれもやっぱり、アメリアの代わりにはならない。……シュンの代わりにも。なり得ない。


 現実逃避してうじうじ家にいても、そこのテーブルでシュンが嬉しそうにホットケーキをぱくついていたな、とか、膝枕していちゃいちゃしたよなぁ、とか、結局一晩中思い出があふれて止まらなかった。


 結局そのまま寝つけず、まばゆい朝日に包まれた部屋で、二日酔いではない頭痛に苦しむ自分が悔しい。



 うぅ……、うちの二番目の子がいないー……。



 ああ……枯渇したと思っても、まだ涙が出てくる。



 そんなにすぐ冷める気持ちだったのなら、ご両親に紹介なんてしなければよかったのに。


 そうすれば私だって、ギリギリで引き返せたのに。



「う〜! う〜! もう放棄っ……あぁぁあぁっ! できない!!」



 盛大に、前のめりに倒れた。額を床にぶつけて、頭が冴えた。


 そうだよ。できない。


 昨日は突然のことで大人ぶってなにも言えなかったけど、まだ私たちには話し合わなければならないことがある。


 そうだ! 私たちの関係はまだ首の皮一枚で繋がっている。


 奮い立って腕で目元を拭ったら、墨色の破片が混ざる涙がついた。

 

 まずはシャワーを浴びて、それから、もう一回話し合おう。


 浮気を疑われるような軽はずみなお節介を焼いたことを、謝ろう。もう一日無駄にしたけど、誠心誠意。


 それで、今度こそ本当に、笑顔でお別れをしよう。


 だけど話も聞いてくれなかったら……いや、今はネガティヴなことを考えたらだめだと頰を打つ。



「……よし! 行こう、ナナ、レイラ、ルリ……アメリア!」


 鞄についた妹たちとは別に、アメリアは鞄のポケットから痛々しく片目に包帯を巻いた顔を出す。


 人数が増えたせいで締まらないが、まあいいや。



 いざ、シュンのいる学校へ!









 ――と、意気込んでやってきた学校だったが、まさかの夏休み初日という不運。


 ううーん、困ったな……。


 腕を組んで困った困ったと唸りながらうろつく私へ、敷地を囲むフェンスの向こうから知った声がかけられた。


「そこにいるおでこにガーゼ貼った青い顔の不審者、もしかしてハニーさん?」


 不審者……そうか、学校関係者でもないのに周りをうろついていたら、不審者か。以後気をつけないと。


 それと、武史くんや。顔については触れないでくれませんかね。せっかく忘れていたのに、痛いのを思い出しちゃったじゃないか。


 とはいえ幸いなことにフェンスを掴んでこちらを見下ろしているのは、シュンの親友、武史くんだ。面識があって助かった。まさか路チューを晒してよかったと思う日が来ようとは。


 武史くんの背後には立派な体育館があり、練習試合中なのか、他校の制服を着た生徒さんたちもわらわらしている。


 武史くんはというと、ユニフォームを着て片腕にはバレーボールを抱えており、明らかに私のような不審者に構っている暇はなさそうだ。飛んで行ったボールを取りに来たら偶然、挙動の怪しい私を見つけてしまったというところだろう。


「ハニーさん、なんでここに?」


「いや、あの、そのぉー……シュンに、会いに?」


 武史くんがぽかんとして、二、三度目を瞬き、「え?」と不思議そうに首をひねった。想定内の反応だった。


「あれ? シュン、いませんよ?」


「ああ、うん。そうだよね、夏休みだもんね」


 部活も入っていないしね、と笑ってごまかすと、間髪入れずに武史くんが顔の前で手を左右に振った。


「いやいや。じゃなくて。学校に、じゃなく。あいつ、日本にいませんよ?」


「そうだよね、日本に…………うん?」



 ……武史くんよ、今、なんと?



「あれ? 聞いてなかったんですか? 海外留学のこと」



 かっ、かい、海外留学、ですと!?



「あいつ今ごろ、飛行機の中ですよ、たぶん」



 なっ、なっ、なにぃー!?



 なんとなく武史くんが見上げた空へとつられて視線を上げる。日差しの強い真っ青な空を、真っ白な飛行機雲がまっすぐ海の向こうへと引かれていく。



 あれ? あれなのか?



「ここのところ留学するかどうかで悩んでたこと、ほんとーに知らないんですか?」


 知らな……いや、そんなことない。なんか様子がおかしいなとは思っていた。思ってはいたけども!


「シュン、元々海外でちゃんと語学の勉強がしたいって思ってたみたいで。義理の父親っていう人が留学の手続きをしてくれたから、悩んだけど行くことにしたって。昨日」


 昨日……か。


 そっか……私、シュンのやりたいことなんて、なんにも知らなかったんだな……。


 じゃあ、シュンが悩んでたことの一端に、私のこともあったのかもしれない。


 だったら、私はシュンを幻滅させて正解だったのか。


 あの子はもっと自由に自分の人生を歩くべきだし、こんなおばさんにいつまでもとらわれていいはずがない。


 本当の保護者が、きちんと庇護してくれたら、私なんか全然必要ないだろうし……。


「……義理の父親って、シュンの名字の、ハーイェクという人?」


 それにしてもなぜ、今? という疑問は残されている。


 混乱を極めている私は、それでも、シュンの義父という人がきちんとした大人なのかが気がかりだった。だかさほど情報を得られないとはわかっていても、訊かずにはいられなかった。


 武史くんもやはり知っていることはあまりないらしく、名前すらあやふやな様子。頭をひねらせボールをパシパシ叩きながら、


「名前、なんだったかな? アレク……なんとかさん?」



 あー……うん。ちょっと……聞き間違いかな?



 瞑目して痛むこめかみを刺激する。まさか。そんなはずはない。


 きっと、アレクなんとかさんって、外国ではよくある名前なだけだ。


 しかしそれは、武史くんの「あ」と閃き顔によって裏切られた。彼の親切心が、爆弾となって私の頭に投下される。



「あ、そうそう! アレクサンドルさんだ、アレクサンドルさん! あー、スッキリした!」


 喉のつっかえが取れて晴れ晴れした笑顔の武史くんとは正反対に、私は震える手でフェンスを掴みうなだれる。



 アレクサンドル……?



 アレクサンドル・ハーイェク?



 私の知るアレク氏の言葉とウインクが脳裏に浮かんだ。




 ――答え合わせは、またいつかね。




 私はここにいない彼へと、心の奥底へと向かって盛大に突っ込んだ。




 答え合わせ、してませんよねえ!?




 嘘つきだ。あの人。嘘つき意地悪外国人だ。


 もう信じない。二度と外国人は信じない。



 怒りに震える私が、ショックで消沈するように見えたのか、気の毒そうに目を背けていてくれた武史くんは、慰めの言葉を考えながらとうとう外に出て来てくれよう一歩踏み出したところで、体育館にいたコーチらしき大柄の男性にどやされた。


「おい武史! 集合だ!」


「あっ、はいっ!! ――ハニーさん、ごめんなさい、俺行かないとなんで、あとはシュン本人に聞いてください!」


 武史くんは申し訳なさそうに軽く頭を下げて、体育館へと戻っていった。


 炎天下にひとり取り残されて私は、フェンスに背を預けて、へなへな沈む。



 シュンが……留学。



 そして、アレク氏が、義理のお父さん。



 なにひとつ相談されていなかったことへの憤りはわずかで。


 きっと円満に縁を取り戻して、ふたり新天地へと向かったのだろう。


 短期留学なのか、長期なのか。そして次はいつ、日本に帰って来るのか。

 


 とりあえず今、機上のシュンへと私が言いたいのは、ただひとつ――。




 離婚届置いてけよ!




 ……ということだけだった。



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