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シュン1

本日二度目の更新です。

シュンくん視点。数話おきに彼視点入ります。



「ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー! バースデーディアシュンくーん、ハッピーバースデートゥーユー!」



 けらけらと愉快そうに笑いながら、陽気な彼女がぱちぱちと手を叩く。


 小さな丸いケーキに、不格好に立てられた十八本のろうそくの炎は、暗い室内をゆらゆらとあたたかな明かりで包み込む。



 ずっと、こんな日が来るのを、心のどこかで待ち望んでいた気がする。



 不覚にも涙が出そうになって、俺は見られたくなくて一気にその火を吹き消した。






「はよー、シュン! で、どうだった! 成功したのか!?」



 背中を思い切りどつかれて、武史を睨めつけた。軽くてもバレー部のエースのアタックなんだから、結構な衝撃だ。


 食べすぎたホットケーキをリバースでもしたら、どう責任取ってくれるんだよ。


 基本的に飯は質よりも量だった俺の、固定観念をぶち壊す、質と量どっちもという最高に贅沢な朝食を、もどしてしまったら後悔する。


 だけど寮を抜け出していたことをうまくごまかしてくれたこの同室の友人には、昨日の件を話さないといけないと思い直して、質問には答えた。


「まぁ……なんとか、当初の目的は達成できた」


「マジか! おめでとう! ……おめでとう、で、合ってるよな?」


「合ってるよ。ハーイェクなんてわけのわからない、書けない読めない読みづらい名字から、蜂谷という真っ当で日本人らしい名字を手に入れたんだから」


 外国の血なんて一滴も混じっていないのに、ハーイェク。しかも運悪く名前もカタカナ表記。


 ここ最近では十八になる日を、結婚できる日を、指折り数えて待ち続け、ついにこの晴れやかな日を迎えることができた。


 そして手に入れた。ハーイェクでも、……母さんの旧姓でもない、新しい名前。



「ハニーに感謝、かな」



 偶然見つけた、酔っ払いのかわいいお姉さん。多少良心は傷んだけど、今は結婚相手が彼女でよかったと思っている。


 昨日が俺の誕生日だと知ると、婚姻届を出した後にケーキを買ってくれた。小さいけど丸いケーキ。無理やりろうそくを十八本立てて、笑いながらハッピーバースデーを歌ってくれた。



 何年ぶりだろう。俺のためだけに、お祝いしてくれる人がいたのは。



 だけど、ね。ハニーはもう二度と、外では酒は呑まない方がいいと思う。絶対悪いやつにつけ込まれる。



 俺みたいなやつに。



 酔って判断不能なところを利用した俺に、怒りをぶつけてもいいはずなのに、請われるままホットケーキを食べさせてくれた。たぶん相当なお人好し。



 あのホットケーキを毎日食べたいから、離婚したくないなぁ。



 こういうのを、胃袋を掴まれたっていうのかな?



「ハニー? のろけかよ。……でも、年上の彼女、よく頷いたよなー?」


 年上の彼女、というフレーズに現実へと引き戻され、苦々しく思いながら曖昧に受け流した。


「……だな」


「高校生のくせに結婚かー。シュンにベタ惚れなんだろう、どうせ。それに相手、社会人なら、将来の投資として大学進学の金も出してもらえばいいじゃん」


 武史が軽く言う。眉をひそめていると、校門が見えてきた。今どき竹刀を肩に乗せて仁王立ちする体育教師に、げっ、と顔をしかめた武史が捕まった。


 なにをしたのか一度目をつけられて以来、悪さをしていなくても必ず止められる。


 品行方正な俺は、にこりとして、「おはようございます」と慇懃に頭を下げて通りすぎた。


 「裏切り者!」という叫びを武史の叫びを完全無視して、校舎に入る。



「……大学、か」



 靴箱からスリッパを取り出して履き替えながら、未練を払うようにその呟きへと首を振った。


 俺は施設で育った。そこは劣悪とまでは言わないが、ずっといたいと思える場所ではなかった。そこそこ勉強ができたから、寮のあるこの高校に進学できた。


 ある煩わしい事情のせいで、当初の人生設計が少しだけ狂わされたけど、早くに結婚することは決めていたから、卒業後は働くつもりだった。



 だってほら。大学って、金かかるし。



 親が遺してくれたわずかな遺産は、なるべく手をつけたくない。


 それに四年も大学へ行くには、心もとない。



 だから高校を出たら就職しないと。堅実に。



 だけどたまに、自ら決めた意思が揺らぐ。



 もしかしたら、奨学金でなんとかなるかもしれないけど、でも……。



「――ハーイェクくん」



 ふいにおっとりとした声音で名前を呼ばれて、靴箱からそちらへと視線を移した。


 出席簿を持って、微笑むクラス担任――小日向こひなた姫星きらら。みんなに親しみを込めて、「姫ちゃん」と呼ばれている。



 俺は呼ばないけど。



 繊細な絹糸のような長い髪とふんわりとしたシフォンのスカートが、廊下を吹き抜ける風で揺れて、いつもの甘い香りが漂い、誘われているような気になる。


 あの髪が、やわらかくていい匂いがすることを知っているからこそ、心臓が勝手にどきりと期待する音を立てた。



「ちょっといいかな?」



 先生に、用があり呼ばれたのだから、普通断れない。歩き出した彼女の後について、無人の生徒指導室に入った。


 ドアを閉めたところで、彼女があざとく小首を傾げて、手を合わせ言った。



「昨日のこと、ごめんね。いきなりで、びっくりしちゃったの」



 かわいく謝れば許されると思ってるんだろうな。


 まあ、遊ばれてたのに気づかず、浮かれてた俺が悪い。



 この人が好きだった。――昨日までは。



 だけど本気のプロポーズをあっさり流されたとき、現実が見えた気がした。



 それがなにより、一番ショックだったのは、この人は、俺が誕生日だったことを、忘れていたことだった。



 付き合っていたんじゃない。付き合ってもらっていたんだって、やっと理解することができた。



「いいですよ、もう」



 適当にあしらって教室に戻ろうとすると、いつもと違う態度を怪訝に思ったのか、袖を引っ張って引き止められた。


「怒ってる?」


「いいえ? 話はそれだけですか? ホームルームはじまるから、先行きますね。――先生」


 二人きりのときは名前を呼んでいたけど、もう関係ない。


 平静を装って生徒指導室を後にした。


 廊下に出て、なんかおかしくなってきて軽く噴き出す。



 昨日はあんなにショックを受けたのに、もう平気だ。



 なんだ、俺。背徳感とか秘密とかに酔って、恋に恋してただけじゃん。恥ずかしっ。



 でも……あー、清々した!



 俺はぐぐっと伸びをして、足取り軽く教室へと歩き出した。




明日からはストックが続く分まで、毎日20時ごろ、更新を予定しております(>_<)


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