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ハニー38



 同じオフィスビルだからって、最近なんか……、こう言ってはあれだけど、作為的に達巳とよく遭遇する気がする。


 もう足は治ったのか、かばうこともふらつくこともなく、まっすぐに歩いていた。


 隣を歩くのはアレク氏ではない、また別の外人さん。その彼を下まで見送り、ふぅと息をついたところで私へと怪訝そうな視線を移す。


 柱の陰に潜んでひっそりやりすごそうとしていたのはバレバレだったらしい。


 私的な話を控えて、さっきの外人さんの帰って行った方へと顔を向け、なんとなく気兼ねしていた彼のことを尋ねた。


「今日は、アレク氏は?」


 あの日から一向に姿を見せないし、連絡先も知らない。ずっと気になってはいたのだ。


 しかし私の素朴な疑問に思ったような答えは返って来ず、達巳は不可解そうに眉を寄せて、わずかに首を傾げた。


「アレク氏?」


 あ、そうか。愛称じゃ、わからないか。


「アレクサンドルさん。名字は知らない」


「アレクサンドル? ……アレクサンドルなんて人、いたか……?」


 いよいよ達巳が腕を組んで悩みはじめた。


 ついにボケたのか。いくつだよ。


 話が通じないことに焦れた私は、思いつく限りのアレク氏情報を並べ、まくし立てた。


「ついこの間までいたじゃん! 三十代後半から四十代前半くらいの、青い目で人懐こい感じの、ドイツ語をしゃべるチェコ人!」


 ああもうっ! 名字も聞いておけばよかった。


 後悔していると、達巳はやはり思い浮かばないというように首を横に振り、神妙な顔で私を見下ろしてきた。


「……というか、なあ。うちの取り引き相手に、チェコの人なんていない」



「……え?」



 なにそれ。


 どういうこと……?



「だって……ほら。エレベーターでうちの会社より上にいってたみたいだし、達巳のところの取り引き相手だと、てっきり……」


「うちではない。よそのじゃないか?」



 そりゃあ、それもあるだろうけど。



 あれ? でも、なんで私は達巳のところの人だと思ったんだろう?




 私が勝手に誤解していただけ?




 ……いや、違うわ。アレク氏の口から、達巳の名前が出たから、そう思い込んだんだ。




「達巳だって、私とのことがビル中に知れ渡って迷惑してるとかなんとか言ってたから、あの人が取引先の人で、契約取れなかったとかかと」


「会社の利にならない噂話を取引相手に好んでするやつはいないって。ただ女子社員の視線が痛いだけで」


「そんなくだらないこと!?」


「くだらないって、おまえな……。働きにくいったらない。掃除のおばちゃんに鏡ごしに睨まれたときは出るものも出なくなったんだからな!」



 おっさんのトイレ事情なんか知るか!



 そんなことより!



 じゃあアレク氏は何者なのか、ということが問題だ。



 このビルには色々会社が入っているけど、正直古いビルだからちゃんとした警備員もいないし、セキュリティーはゆるい。ゆるっゆるだ。



 つまり、見知らぬ誰かが侵入していても、自分の会社内にいるでもない限り気づかないわけで……。



「えぇー……」



 私、不審者かもしれない外国人と親しくしてたってこと? なにそれ……。



「で? その人がなんだ」



「いや、ね。達巳のことも私のことも知ってたから、普通に一緒にご飯食べたりした」


「はぁ? 名前しか知らない相手とのんきにご飯食べるなんて、さすが蜜だな」


 褒めてるのか?


 いや、どの角度から聞いても貶してるな。


 一方的に裏切られて別れた相手とこうして立ち話している時点で、まともじゃないよ、どうせ。


「だけど、俺とお前の名前がもれてるのは、気になるな……」


 考え込んだ達巳は、なにか心当たりでもあったのか、一瞬だけはっとした表情を見せたが、私が見ていることに思い至ると、すぐになにごともなかったかのようにそれを打ち消した。


「なんか、隠してるでしょう?」


「……隠してない」


「いーや、絶対に隠してる! はけ、おっさん! はげ!」


 おっと、舌がもつれた。


 達巳の顔色が、その一言で劇的に変わった。


「おまっ、はげは普通に悪口だろう! どこがはげだ! どこが!」


 だけど将来的になるかもしれない。などと、達巳の頭を見上げながら、


「隠してることがあるなら、今言った方が罪は軽くなるからね?」


「だから……なにもない。……そうだ、おまえ、誰かに恨まれてて、もしかしたら狙われてるんじゃないのか?」


 狙われてる? 私が? まさか。


「うちとおまえのところの会社の間に、調査会社が入ってるじゃないか。そこの客じゃないのか、ってことだよ」


「調査会社?」


 あることは知っている。でも、調べられるようなことはなにも……ないとはいえない。


 まさか、シュンの叔母さんの手先?


 なんかシュンも、叔母さんが私に他の男をあてがおうとしてくるというようなことを懸念していたようだったし。


 ということはあの人、トラップガールの男版?


「なあ、そんな怪しい外国人が周りうろついているなら、帰りとか危なくないか?」


「危ない……か?」


 アレク氏の素性こそ知らない怪し外国人だけど、悪い人ではないように思うんだよなぁ。あの人。


「うわぁ、でたよ。蜜のお人好し根性」


 なんだその野次馬根性的な造語は!


「今日家まで送ってくから」


「絶対にいりません」


「いいからたまには人に頼れ。仕事終わったら外で待ってろよ」


「ちょ、待っ――」



 最悪だ。断る前に言い逃げされた。

 




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