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ハニー33



 シュンの大学選びがあまりにも適当だから、滑り止めの大学を調べている。私が。


 第一希望が受かればいいけど、不測の事態に備えて滑り止めを受けてほしい。受験料はもったいなくない、と思う。


 国立が受かったら儲けものだけど、それでも、奨学金で私立でもいいじゃないか。


 あれこれ調べながら、いわゆるながらスマホで歩いていると、案の定というべきか前方不注意で人と正面衝突してしまった。


「うっ!」


 相手の人に抱きとめられたことで転倒を免れた。胸板に当たった鼻が潰れて痛かったが、どうにか先んじてすみませんと謝り顔を上げると、もはや見慣れた外国人が白い歯を見せてにこりと笑っていた。


「ミツ、歩きスマホは危険だよ」


 ごもっともで……。


「ごめんなさい」


 もう一度丁重に謝罪し、スマホを鞄に突っ込んで、身体を離そうと一歩退いた。が、アレク氏の腕はなぜか私の腰に残されたままとなった。


「この手は……?」


「休日に女性を一人にするなんて、紳士としては見過ごせないよ。どうかこの私に、エスコートする栄誉を」


 まるで騎士みたいに反対の手を胸に添えて、ウインクする。



 が、外国人って、外国人って……! 恥じらいもなくこんなことを言うのか!!


 それともこの人の性質なのか!



 つい赤面してしまった私に、アレク氏は余裕の表情だ。くやしすぎる。


「行きましょう、お姫様」


 つい頷いて従いかけてしまいかけたが、寸前で思い留まる。


 いかんいかん。シュンに監禁されてしまう。


「いえいえ。あなた様は、どこぞのご令嬢をエスコートしてきてくださいませ」


「それならば、構わないね」


 アレク氏が艶とした微笑を作り、私の手の甲に口づけを落とす。



 な、なんで私の周りはこんな人ばっかりなんだ!


 恋愛偏差値の低い人間はささいなことでどきっとさせられるんだよ!



「さて、ミツはどこへ行こうとしていたのかな?」


 断る気力を失いつつも、アレク氏の腕からそっと抜け出して、前方を指差した。


「すぐそこに」


 私の指の先では、前にシュンと服選びをしたショッピングセンターの建物の頭だけが見えている。そこの一階に入っている雑貨店で、かわいい生活雑貨を買うために、こうして歩いているというわけだ。


 正確には、シュン用にあれやこれやを新調しよう、と。


 いつまでも来客用のを使わせるのもあれかなーと思いましてね。


「偶然。私も今からそこへ行くところだったのだよね」


 うぅん……嘘っぽいなぁ。


「車はどうしたんですか」


「便利なのはそれだけですばらしいけれど、歩くのも大切。健康のためにね」


「それは……そうですね。私も若い頃に比べると、階段や坂道がきつく感じますよ」

 

「ミツはまだ若いよ?」


 アレク氏から見たらそうでしょうが……。


 アレク氏のように、重ねた月日からにじみでる色気や渋みは、私にはかけらも存在していない。


 いや、一生そんなものとはご縁がないわ。


 結局突き放すことはできない私が折れて、生活雑貨を見て回るアレク氏は楽しそうに手にしたカップを掲げ、新婚みたいだね、と言う。


 その軽口に、はは、と乾いた笑いを浮かべておいた。


 事実、新婚なんですけどね。夫は違いますけど。


 私よりも真剣な目で食器やらクッションやらを品定めをして回るアレク氏の後に続いていくと、彼はなにかを察知し、そちらの方へと吸い寄せされていった。


「おおっ、ミツ! 美しいデニッシュのマグネットが! こっちにはドーナツも!」


 そこにあったのはデニッシュパンやドーナツ型のリアルなマグネット。それを爛々と輝かく瞳で手にしてははしゃぐ彼は、小さな子供みたいだった。


 感化された私もなんとなくそのひとつを手に取り、ふむと唸る。



 ……これは、なかなかじゃないか?



 こんがりと焼けたパン生地に艶のあるフルーツが乗っている。ぱっと見で騙されるレベルのクオリティーなのに、おひとつ四百円弱。


 シュンへのお土産にしようかな。…………いや、食べれるものの方がいいか。と、そっと戻す。


 アレク氏はそれぞれ微妙な表情の違いを見比べてあれこれ吟味し、厳選したいくつかをほくほく顔でレジへと持っていった。


 これは和むな。なんともかわいい外人さんだ。


「日本の技術はすばらしいね!」


 日本を満喫していただけて、嬉しいかぎりです。


 自分とはまったく関係ない人たちの努力の結晶なのに、褒められると我が事のように嬉しくなるのはなんなんだろう。母国愛?


「日本ははじめてですか?」


 アレク氏は袋の中のデニッシュたちから私へと視線を落とすと、淡く微笑んだ。


「違うよ。昔ちょっとだけ、日本に住んでいた」


「あ、そうなんですか? 日本お上手ですもんね」


「ふふ。でもまだ、ドイツ語の方が上かな」


 えぇー!? ……ドイツ語第一言語じゃなかったんかい!


「じゃあアレクさんはどこの人なんですか!」


「生まれたのは、チェコ。わかるかな?」


 チェコ……プラハしかわからないや。


「プラハの綺麗な街並みくらいなら、なにかで見ました」


 旅番組とか、海外ドラマとかで。


「ああ、そうだね。プラハね。ミツ、行きたい? 一緒に行く?」


 ちょっとこそのコンビニまで一緒にどう? って感じて、海の外まで誘わないでほしい。


 それになぜ私とアレク氏が旅行に行かねばならんのだ。


 いやしかし、外国人は恋人でない男女が旅行に行くくらい、普通なのか? さっぱりだ。


 それに、


「パスポートが切れてるから無理です」


「おや、新婚旅行は行かないの?」


 あ……、それはまったく頭になかった。


 今はシュンの将来のことが最優先で、それ以外に意識が回らない。紙を一枚提出しただけのせいなのか、私は自分が結婚したという実感もかなり希薄だ。


「もし行くなら……だいぶ先の話になりますね。四、五年後じゃないと」



 だけどそのとき、私の隣にシュンがいる保証はない。



 彼が自分の道を見つけて去っていくことを選んだのなら、私にはそれを止めることはきっと、できないから。


 今は私を目にするだけで嬉しそうに駆け寄ってきてくれる。でも、喜びしかないその顔に、いつしか別の感情が混じることを想像するだけで、胸がつきんと痛む。


 あたりまえだ。今や生活の中心がシュンなんだから。かわいがるだけかわいがって心は別、だなんて割り切ることはもう無理な話で。


 


 とうやら私は、思っていた以上に、シュンのことが愛しいらしい。





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