ハニー30
遠慮したのに、アレク氏が私の分まで支払いをしてくれた。あんまり固辞するのも感じが悪いかと、ご馳走になった私はお腹いっぱいで、さらにシュンのお土産まで買ってもらい、さすがに恐縮している。
お土産は自分で買うべきだったよなぁ、なんて考えていると、隣の外国人がくすりと笑って平然と言った。
「家まで送りますね」
おい、私の自宅がどこか知っているのか。この人は。何者だ。
内心突っ込みを入れつつ、私は最寄りの駅前で降ろしてもらうつもりで、その付近を指定する。
家まで送られで、それが運悪くシュンに目撃でもされたら、めんどうなことになるのが目に見えているからだ。
「また食事に誘ってもいいですか?」
「食事だけなら、いいですけど……なぜ私なんですかね?」
「タイプだからですね」
「あー、はい。そーですか」
棒読みの私に、アレク氏が、ふふっと笑う。
「信じていませんね?」
まあ、ね。社交辞令的なものでしょう。
間に受けませんよ、普通は。
「ミツは……似ているのですよね……」
独り言のようにそう呟いたきり、誰に、とは口にしなかった。
ちょうど赤信号で停まる。彼はここではないどこか違う場所を見つめているかのような目で、懐かしげに微笑み、一度だけ首元へと触れた。その、誰か、というのはきっと、あのダイヤの贈り主か持ち主かなにかだろう。
タイプうんぬんは置いておいておくとして、こっちは本当だわ。と、直感でそう感じた。
「どのあたりが?」
「説明は難しいですね。強いて言えば……雰囲気? それに性格も、少し。……顔は残念ながら似てませんが。彼女の方が、儚げで美しい面立ちをしていた」
美しくなくて悪かったな。
どうせ長生きしそうな顔ですよ。
「ミツは強くてしなやかな美しさが魅力的だと思いますよ。タツミ・リュウザキは、本当に見る目がないおバカさんですね」
ですよねー。見る目がないおバカさんですよね、あの男は。
機嫌よくふんふん同意していると、車が駅前へと到着した。
「本当にここで?」
「用事もあるので、ここで。今日はありがとうございました」
車から降りて、窓越しにアレク氏へと手を振る。
またね、とアレク氏の唇が動き、ついつい頷かされてしまった。
シュンがバイト中でよかった。今頃は絶対に、牛丼屋の店内で真面目に勤労しているだろうから。
アレク氏の車を見送り、さて、と私はひとつ頷き、歩き出した。
コンビニでお寿司が腐らないよう氷を買ってから、シュンの仕事が終わるのを裏口で少し待つ。
しばらくして、扉が開き、軽く首を鳴らすシュンが現れた。
私を目にすると、瞬きだけを残して固まる。どうやら私が店に訪れたことに驚いているらしい。
「ハニー? なんでここにいるの?」
「シュンにおいしいものを食べさせるためですよ」
普段なかなか食べれないお高いお寿司ですよー。
シュンもさぞ歓喜するだろう思ったのに、それを手にした彼の表情は反対に、みるみる重く淀んでいった。
な、なんで?
人に買ってもらったのが、バレた?
「……ハニーさ」
「う、うん」
「誰とご飯行ったの?」
す、鋭いっ。うちの子の浮気レーダー、高性能すぎる。
内心焦りながら、平静を装い答えた。
「取引先の人とだよ」
達巳の、だけど。
「ふうーん? へぇー?」
疑心暗鬼なシュンが一歩ずつ近づいてくるから、一歩ずつ後退する。身の危険を感じてだ。やましいからじゃない。
「ハ・ニ・イ」
「な、なあに?」
「お仕置きだよね、これ」
空耳か? とんでもない言葉が出た気が……。
「俺にこうしてにこにこしながらお土産持って来るくらいだから、たぶん浮気はしてないだろうけど……」
してません。誓って。
「それでも。ハニーが俺以外とご飯食べて来たと思うと、なんかもやもやする。……相手、絶対、男だろうし。高級寿司で自分の羽振りのよさとか誇示してるとこが、ムカつく」
これはお仕置きというか、やつあたり?
ここは、甘んじて受けるべきか?
「痛いこととゲテモノ料理は無理だからね?」
前もって宣言しておくとシュンが噴き出した。
「ゲテモノ料理って! 思いつきもしなかった」
だって! 虫とか虫とか虫とか! 無理! 食べるくらいなら、餓死を選ぶ。
「俺が大好きなハニーにひどいことするわけないじゃん」
「そ、そうだよね。うちのシュンは優しいもんね。ひどいことはしないよねー?」
「うん。ハニー痛めつけても全然楽しくないし。そういう趣味はないから安心して?」
「お、おう。痛くないなら、どんと来い!」
「ほんと?」
キラキラしたいい笑顔のシュンがなにを企む……もとい、望んでいるのかはだいたい察しがついたので、すぐさま右手のひらを前に突き出す。
「それはだめです」
「まだなにも言ってないのに!」
「えっちなことはなしの方向で」
正鵠を射ていたのか、むすぅ、と愛らしく拗ねるシュン。
私はそうやって愛嬌で陥落させてきた他の人たちとは違うのだよ。
私が折れないことを知っているからか、シュンはすんなりと妥協した。私の首に腕を回し、やれやれというため息のような囁きを耳もとへと落とす。
「……わかった。じゃあ、膝枕一年分で我慢する」
膝が砕けるわ!
夏場のお寿司……危険ですよね:(;゛゜'ω゜'):
見直し中に食中毒の危険性に気づき、慌ててハニーに氷を買わせました。
しかし、果たして氷でどうにかなるかどうか……。
フィクションなので、どうか大目に見てくださればと!




