ハニー26
私って、みんなが言うほどお人好しではないと思うんだよね。
好き嫌いだって普通にあるし、融通が利かないこともある。
弱った生き物を放っておけないという点においては、その通りなんだけど……。
そしてうちの腹ぺこシュンくんは、人の服をよだれまみれにした日から顔を見せていない。
勉強に忙しいのか、バイトに忙しいのか。
学生さんはテストの時期なのかもしれない。
顔を見ないと、ちゃんとご飯を食べているのだろうかと、気が気でなかったりする。
……私は母親か。
自分で自分に突っ込む虚しさといったらない。悲しすぎる。
それにしても、しょっちゅう来てたからなぁ、あの子。
前は特に平気だったのに、一人で家にいてもつまらなく感じる。
あまりにも暇だから、ソーイングセットを引っ張り出してきてアメリアのパンツを作成してしまったではないか。
人形にも下着を履かせてあげてほしい。女の子なんだから。
というか今までノーパンで外出させていたのか……。ごめんね、アメリア。
細かな作業でかすんだ目を凝らして、完成した新アメリアを鞄につけ直していると、入れっぱなしだったスマホがメッセージ音を告げ、びくっと心臓が跳ねた。
久しぶりに聞いたこの不吉な響き。なんとなくこれは……どちらかな予感がした。
――友達の結婚報告か、家族の不幸か。
どっちだとしても、私の心がすり減る。どちらでもないことを祈りつつ、おそるおそる内容を確認し……、
「あれっ!? シュン!?」
連絡先の交換なんてした記憶はないのに、私の知らないところで、スマホが侵食されている。
目に入ったのは一言。
――会いたいなー。
軽い口調なのに、そのたった一言から、切実なシュンの想いが伝わってきて、危うく家を飛び出すところだった。
というかそもそも、シュンの寮の場所、知らないわ……。
なんて返そうか。私も、だと、忙しいのに会いにきそうだし、かといって無視したら落ち込むだろうし、それによって勉強のモチベーションが低下するかもしれない。
……よし。
「勉強がんばれ。ごほうびに、ごちそう作って待ってるから、っと」
返事はすぐに来た。
「なになに……『明日行く! カレーが食べたい!!』、かぁ」
カレーはごちそう?
だけどまあ、シュンがカレーがいいというのなら、カレーを作ろう。
そうと決まれば、いつ来てもいいように、材料をそろえておくか。
今暇だし、買い物に行くのもいいかもなぁ。アメリアも外出準備万端だし。
「行きますか!」
「行きましょう!」
誰もいないのをいいことに痛い私はアメリアに声をあてて、意気揚々とスーパーを目指した。
閉店間際のスーパーで、冷蔵庫になかったたまねぎとローリエ、そして奮発してビーフカレーにするために牛肉を購入して、帰り道。
勉強もしくは勤労に励んでいるはずのシュンの姿を発見した。
声をかけようとしたが、シュンの後ろをついていく少女を目にして、足がその場に縫いとめられてしまった。見覚えのあるその子は、先日ファミレスで私を睨んでいた子だった。
彼女はシュンを追いかけて肩を掴んで振り向かせる。そしてなにやら痴話喧嘩をはじめた。
話の内容は聞こえなけど、シュンが鬱陶しそうにその手を払う。
その苛立ちのにじむ冷たい表情は、私には見せたことのないものだった。
はじめて見た。シュンがあんな顔をするなんて……。
元カノ……はないな。あの子、年上好きだから。
セフレなら……ありえる? 綺麗な子だし。
しかし、ねぇ? セフレ、ねぇ?
「……帰るか、アメリア」
と言いつつ、彼らと向かう方角が一緒で、かっこよく踵を返したりはできなかったのが切ない。
居心地悪さを感じながらとろとろと歩き、大通りへと出たところで、黒塗りの高級車が彼らの背後から近づき横づけられた。そして目を見張ったシュンが、車から降りてきた男たちによって拘束される。
瞬く間のできごとだった。うちの子が連れ去られる一部始終をばっちりと目撃してしまった。
あの少女は、自分からその車へと乗り込んでいく。
平時から交通量の多い通りは、拉致などなかったかのように次々と車がすぎていく。
呆然とした私の視界に、できすぎた偶然のようにタクシーの空車という文字が映った。
慌てふためきながら車道に身を乗り出し、手を挙げてそのタクシーをとめた。ドアが開くと座席に飛び乗り、私はまだ目視できる距離にあった黒い高級車を指差して、ドライバーの人に真剣に訴えた。
「前の車、追ってください!」
人生で一度は言ってみたかった台詞を言わせてみました(。・ω・。)
現実には言う機会、ないので。……たぶん。




