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ハニー3

本日三度めの更新です。



 えーと。そのあと、どうしたっけ……?



 二日酔いの頭痛が記憶の発掘作業を邪魔してくる。

 そして物理的に、背中におぶさったシュンが左右にゆらゆら揺れて邪魔してきた。


 重いし頭に響くんだけど。


 だけどひとまず、これだけは聞いておかねば。



「婚姻届は、どうしたっけ?」



 書いただけだよねー?



「一緒に役所に提出したけど。おめでとうございますって言われたのに、……やっぱり忘れてる」



 おおぅ……。マジか。



 しかもこの子、昨日素面だったよね?


 婚姻届も持ってたし、誰かにプロポーズして断られた勢いあまって私と結婚してしまった……とかか? 若いなぁ。



「ねぇ。そんなことより、ハニー。……お腹空いた。なんかない?」



 そんなことって。結婚って、一大事じゃないのか?



 おばさん、最近の若い子にはついていけそうもないわ。


 ちらっと振り返ると、空腹を訴えるシュンの切ない表情が窺えた。背中にくっついたお腹も、ぐうぐう鳴っている。



 子供みたいだなぁ……。



 頭痛くて朝ご飯作れそうにないけど、ちょうど冷凍庫に、三日前に作り置きとして大量に焼いたホットケーキが冷凍してある。チンして食べさせよう。


 私はまた這うように、冷蔵庫へと向かった。

 狭い1DKのアパートだから、玄関からほんの数歩だ。キッチンもリビングも寝室も一つの部屋だからか、ものぐさがどんどん加速している。


 ホットケーキをレンジでチンして、バターとメープルシロップをかけて……出来上がり!


 テーブルでおとなしく待っていたシュンの期待に満ちた眼差しがかわいい。


「はい。たーんとお食べ」


「やった! いただきます!」


 フォークで切って大きな口を開けてホットケーキを食べ、「ん〜! うまっ!」と言いながら、あっという間に二枚を平らげたので、慌てて追加でもう二枚チンして出した。


 若い子はよく食べるなぁ。


 おばさん、二日酔いで食欲なんて微塵もないよ。



「すげぇ、うまい! なにこれ、ほんとに冷凍!?」



 まぁ、基本的に身体に入るものはなるべく無添加のものを目指しているから、そのホットケーキミックスも牛乳もバターもメープルシロップも、自然食品のものでございます。

 高いんだけどね。


 でも健康、大事。


「焼いてすぐ冷凍したからね。お腹いっぱいになったら、学校に行って真面目に講義を受けて、帰りに離婚届を持ってまたここへ来なさいね」


 四枚目に手をつけようとしていたシュンの手が止まり、私の顔をまじまじ眺めて小首を傾げた。


「離婚届? なんで?」


「なんでって……」


 なんできょとんとする。かわいいじゃないか、もう。


「ハニーは戸籍謄本がなかったから、後日提出してくださいって言われてたけど、それのこと?」


 いや、いくらなんでも、離婚届と戸籍謄本は間違えません。


 というか、離婚するのに戸籍謄本出さないとなのか。めんどくさなぁ。


 そういえばこの子、なにゆえ私と結婚なんてしたんだ。


 目的はなんだ。金か?



「あ、そういえば言い忘れてたけど、俺がハニーの姓を名乗るから。――蜂谷シュン。うん、ちょー普通で最高の気分」



 満足げにホットケーキを頬張る彼を見ていて、なんとなくわかってしまった。



 こいつ、私の名字ほしさに結婚したな!



 どこからどう見ても日本人だから、親が外国人と再婚したとかそんなとこだろう。そしてその名字が嫌だった、と。


 なんてことだ。まんまと名字を持っていかれた。


「あ、やべっ! 学校!」

 

 シュンが慌ててホットケーキの残りを口に詰め込み、校章の刺繍された通学鞄から着替えを取り出す。



 うん? ……ちょっと待て私よ。校章の刺繍された……通学鞄?



 生着替えするシュンを、私は顔面蒼白で見つめた。


 着ていた淡色のシャツを脱ぎ捨て、パリッとした白いシャツに袖を通す。擦り切れたデニムのジーンズを脱いで、無地のボクサーパンツ姿になったところで、シュンがなにか言いたげにこちらを見たが、あいにくそれどころではない。グレーを基調としたチェックのズボンを履いて深緑のネクタイを締め、最後にブレザーを羽織る。


 ささっと髪を整えれば、男子高生のできあがりだ。



 ――高校生。



 私はわななく唇で、おそるおそる尋ねた。


「コ、コスプレ……?」


「あはは。そんなわけないじゃん」


 ……で、ですよね。


「年、確認しなかった? 俺、十八だけど」


「そんな細かいところまで気にする余裕があったら、ノリで結婚なんてしてません」


「だろうね」


 シュンが歩み寄ってきて、横からぎゅむっと抱きしめられた。


「十八だから結婚もできるし、淫行にはならないよ? よかったね」


 ちゅっ、と頰に軽いキスをしてから、シュンは鞄を肩にかけていってきますと出かけていった。


 バタン。扉が閉まって、少しだけ頰が赤くなった私一人が残される。



「〜〜〜放棄! もう考えること放棄する!」



 頭を抱えていた手を伸ばして、大の字に倒れた。





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