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ハニー23



 旦那として接するのなんて、ハードルが高いがとりあえず子供扱いが嫌ならば……。


「あーんはやめておこうか」


「それはする」


 するんかい!


 私の手にしたフォークに突き刺さったハンバーグを、シュンがぱくりと食べていった。


「うん! おろしもいける」


「……そうだね」


 すぐに機嫌が治ってよかったけど、疲弊しながら食事を再開した私は、ときおりシュンに横からかすめ取られつつなんとかすべてを食べ終えた――のだが、ほっとしたのもつかの間、食後に頼んであったデザートがやって来てしまった。


「ハニーハニー! 食べさせ合いっこしようよ!」


 マジか。やっぱりまだ、あーんを続けるのか。


 いや、元々私から言いだしたことだけど……。


「クリームとアイスとウエハースと……あ、あと苺もね」


 え、ちょ、ちょっと? スプーンにあれやこれ盛りすぎなんじゃ……?


「はい、あーん」


 いやいやいや! 時間をかけて盛りすぎて、スプーンからアイスがこぼれかけてるからね!?


 大慌てでスプーンにぱくりと食いついたのを眺めて、シュンが満足気に目を細める。


「俺の手ずから食べさせたパフェは、おいしい?」


 その言い方はいかがなものか……。


「ほ、ほいひぃ……」


 とりあえず添えられていたシュンの手を、溶けたアイスで汚すことはなかったことに安堵していると、


「次は俺ね?」


 期待に満ちた眼差しで見られると、羞恥よりも餌づけしなければという焦燥感に天秤が傾く。


 周囲からの突き刺さるような視線を差し引いても、シュンのお腹をいっぱいにせねばならない使命感が、私の脳に植えつけられてしまっているのだ、きっと。


 スプーンでこぼれないようにかつ、なるべく多めにすくって、素早く口を開くシュンへと食べさせた。


「うん! うまっ!」


 なにかを食べて幸せそうな顔をするシュンが一番好きかもしれない。ぎゅっとして、撫で回したい衝動をどうにか抑える。そんなことをしたら、また拗ねてめんどうだから。


 そんなシュンは唇の端にクリームをつけていて、紙ナプキンを一枚抜くと、さっと拭い取った。


「……そこは舐め取ってほしかったかも」


「そんな恥ずかしいことできないからね?」


「つまんない」


 さすがにそこまでの期待はしないでもらいたい。


 紙ナプキンで自分の口元も拭っていると、見覚えのある制服の子たちが数人来店した。シュンのと同じ制服の、あちらはスカート。ただシュンのネクタイと、彼女たちのリボンの色は違う。学年が違うのだろう。


 彼女たちはシュンにいち早く気づいて、なにやらきゃっきゃっとしながら、あえて近くの席に座った。


 おかげでひそひそ話しが断片的に聞こえてくる。


 シュン先輩だ、ラッキー! ねぇ、あの人彼女? え、まさかぁ。お姉さんとかじゃない? などなど。


 いや、わかるけどね? おばさんと言われなかっただけ、まだよかったと思わねば。


 ちらっと噂の的であるシュンを窺い見ると、澄まし顔でパフェをつついていた。


 気取っているというよりかは、少しだけ……不機嫌?



 どうしたんだろう?



「シュン? ……もうあーんはいいの?」


 私の問いかけに、シュンは一拍遅れて顔をあげた。


「え? あー……うん。あんまりやりすぎると、ありがたみがなくなるから」


 私とのあーんにありがたみがあるのかどうかはさて置き、下級生の女子たちに、甘えているところを見せたくないのかもしれない。


 でも、そんなことを気にする子だったかな?


 とはいえあの子たちが入ってきてから、明らかにシュンの様子が変わったのは事実だ。


 私が首をひねっている間にパフェが空になっていてて、長居せずに帰りたい空気をシュンが醸し出しはじめた。後輩たちが来たから、居心地が悪いのかもしれない。

 

「帰ろっか?」


 シュンは、うん、と静かに頷き、私に続いて席を立つ。


 私は学校でのシュンのことをなにも知らないけど、武史くんの前では砕けた印象だったから、これが普通ではないということくらいは私でもわかる。


 割り勘でお金を払っていると、ふと、どこからか射貫くような視線を背中に感じて、発生源を探した。


 案外簡単に目が合ったのは、さっきの少女たちの中の一人だった。冷たい眼差しでこちらを射貫いている。



 おおぅ……強烈な。シュンのファンかなにかか?



 色白で艶のある長い黒髪を背に垂らす、華奢でなかなかの美少女だ。古風なお嬢様然とした雰囲気だけど、気が強そうな目をしている。


 私に向けられるその剣呑な形相に固まっていると、シュンが視線をたどってそちらへと向いた。


 しかし少女はシュンが気づく前に視線を外していて、友人たちとの会話を弾ませながらなんでもない風を装っている。


 それでもなにかを察したのか、シュンは瞬きするほど一瞬、不快そうに眉根を寄せた。そして店を出ると、ふー、と深く息を吐き出し、私を振り返って苦笑を見せた。


「どうしたの?」


「……ううん。なんでもないよ」


 相変わらずごまかし下手だ。


「それならいいんだけど……」



 本当はよくはない。



 けど……だって、言いたくなさそうだから……。



 シュンが自転車を転がし、無理してもう片方の手を繋いできた。きゅっと握り返すと、固かった目元口元をほわっと和ませた。


「ハニーはさ、俺が毒蛇みたいな女に丸呑みされそうになったら、どうする?」


 なにそれ、どんなおそろしい状況なの?


 女郎蜘蛛だったり、毒蛇だったり、シュンの周りって、なんかやたらと危険生物多くない?


「そんなアグレッシブな性格じゃないんだけど……シュンが私を呼んでくれたら、すぐに駆けつけるよ。蛇捕獲棒を持って」


「それなんか……正義の味方っぽい」


 微妙な反応だ。正義の味方じゃ、いかんのかい。


 それに蛇捕獲棒を持った正義の味方は私も嫌だわ。


 なにかの比喩なのだろうが、それだけでは伝わらない。



「正義の味方じゃなくて、私はシュンの味方。だからね、悩みがあったら、真っ先に相談しなさい」



 なんにも言わずに溜め込んで、また変な方向に暴走しかねないんだから。


 私が真剣に告げたからか、シュンは真摯に受け止め、わずかにはにかみながら頷く。



 それでもそう簡単に、心の内側に踏み込ませてはくれなかった。



 シュンは無理してへらっと笑って茶化す。



「今の目下の悩みは、ハニーとやれないことかな〜?」



 …………ああ、やっぱり無理か。




 残念というか……結構、へこむ。これ。



「……そっか」



 はいはいといつもみたいにあしらう気力が失せ、無意識に唇からこぼれ落ちた一言は、車道を走る車にかき消されていった。





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