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ハニー21



 会社を出ると、植え込みに座った見覚えのある後ろ姿が見えて、私はどうしようかと一旦エントランスへと踵を返した。


 この老朽化の進んだビルのエントランスは、朝はいいけど日が落ちると、おどろおどろしい雰囲気を漂わせるから、いつもなら足早に通りすぎるというのに。


 おそらく私を待ち伏せしているのだろうシュンは、街灯の明かりに照らされて、心持ちしょんぼりと肩を落とした様子でパンフレットのような紙束を眺めていた。


 ……私もいい大人だし、いつまでも怒っていていけない、よね?


 ここは、大人の対応をせねば!


 意を決して外へと出た。シュンの斜め後ろに、そっと立つ。



「……シュン?」



 問いかけるように名前を呼ぶと、シュンが勢いよく振り返った。と思った途端、紙束を投げ出して無我夢中で抱きついてきた。


「ハニー……ごめん。……ごめんなさい。俺のこと、嫌いにならないで」


 数年会えなかった恋人との涙の再会並みに、ぎゅむっとされる。


 これで許さない人はいないよ。


「嫌いにはならないよ? 私もちょっと大人気なかったね、ごめんね」


 背中に回した手でよしよし撫でていると、ふとビルから退社する人たちの好奇の目が刺さっていることに気づいた。



 たぶん姉弟に見られているんだろうなー……。



 わかってはいるけど複雑な心境なので、紙束をかき集めてシュン鞄に突っ込み、場所を移動することにした。


 シュンはここまで自転車で来ていたらしく、それを転がして歩き、バス通勤の私はどう帰るべきか悩みながらも、自宅の方角を目指して進むことにした。


 さりげなく私の肩にかけられた鞄を引き取り、前かごに入れてくれる。こういう優しさがシュンらしくて好きだ。


「ハニーが無視するから、……寂しかった。学校サボりたかったけど、欠席つけたくなかったし……」


 元はといえば君のせいでしょうが。


 それに、どう考えても私への謝罪よりも、学校の方が大切です。


「元カレにつけ込まれたりしなかった?」


「してない、よ?」


 ……今日は。


「その言い方、絶対つけ込まれてるじゃん……。あの浮気男は、女郎蜘蛛の養分にだけなってればいいのに……」


「女郎蜘蛛?」


 なんだそれは。どこから出てきた話?


 私がきょとんとすると、シュンはこっちの話、と言ってめんどくさそうに首を振った。


「女郎蜘蛛はもしかしたらハニーのことが好きで、俺のライバルかもしれないってだけの話」


 え、なに、怖っ。蜘蛛に好かれるいわれはないんですけど! そもそも蜘蛛苦手だし!


「ハニーはさ、誰にでも優しくすればいいと思ってない? ときにはきっぱりと突き放すことも大切だから」


 蜘蛛に優しくした覚えはない。


 部屋に出たら、紙とかに乗ってもらって、そのまま外へお引き取り願うけど。


 それに、だ。


 それができたら苦労しないわけですよ。まず真っ先に、失態を犯した次の日に離婚届書いてもらってるから。きっと。


「あーもう、ライバルが多すぎる。ハニーは今後、そこらじゅうで愛想振りまいたりしないこと!」



 えぇー? なんで私が説教されてるの? 



 しょんぼり謙虚なシュンくんはどこへ?



 それでもシュンの半眼を前に、従順な私はなぜか頷いてしまう。


「りょ、了解した」


「よし!」


 ……えぇー?


 なんでシュンに仕切られてるんだろう?


 首をひねっていると、シュンがぴたりと足を止めた。


「あ、ハニーはバスで帰るんだっけ?」


 ひとりバス停に方向転換しようとするシュンを押し止める。自分だけバスに乗って高校生を自転車で帰すとか、どんな陰湿ないじめなのさ。


「歩いても帰れる距離だからいいよ。だけどご飯作る時間が減るから、どこかで食べていこうか?」


 シュンはわりとすんなりその提案に了承してくれた。


 私のご飯が食べたいという思いもあるけど、私が疲れているのなら無理させたくないという優しさゆえのものだと知っている。


 こういった気遣いができるから大人っぽく見られがちだけど、内面はまだまだ子供だから、そのいじらしさに弱くてますます甘やかしちゃうんだよなぁ、もう。


「私は久しぶりにファミレスのハンバーグ食べたいかも。いい?」


「じゃあ俺もハンバーグにする」


「私はおろしハンバーグにしよっかな」


「俺はチーズ!」


 チーズもいいよね。でも今の気分は、さっぱりおろし!


「シュン、デザートは?」


「デザートは……」


 シュンの視線が通学鞄へと一瞬逸れた。お金を気にしているらしい。


「あ、そうだ! 半分こしない?」


 それなら値段も半分こだ。


 いや、本当は全額出してもいいんだけどね? ファミレスだし。


 でもそれは嫌がるだろうから。


「……いいの?」


「デザートは別腹って言っても、夜だからね。半分くらいがちょうどいいよ」


 それに、おいしいものは分け合う! 


 それでこそおいしい!


「あーんしてあげる」


 身を削ったぞ! 食いつけ!


「する!」


 シュンが頬をかすかに上気させ即答した。


 恋人らしいことに、本当に弱いよね。


 それにしても、食べものの話をしていたらお腹が空いてきたわ。



 空腹を紛らわすように他愛ない話をしながら、私たちは一路、ファミレスを目指すこととあいなった。




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