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シュン5




 ハニーがキレた。



 牛丼のせいで。






「はぁ……」


 がやがやと騒々しい教室の隅で、机に頬杖をついて深めのため息をついた。


 ハニーに口を利いてもらえなくなって早半日。今日はお弁当もなしだ。


「はぁぁ……」


「やめろって、人の背中にため息をかけんの」


 武史とか、今相手にしてやれる余裕がないから。


 何度目かの嘆息をもらすと、勝手に人の机に肘をかけてしゃべり出した。


「おーい、シュン。ギラついた女子の視線がビシビシ突き刺さってるけど?」


「……なんで?」


「最近浮かれっぷりがひどかったから、彼女と別れたと思ってるんじゃないか?」


「ハッ」


 別れる? 書面で契約を交わした俺たちが、一時の感情で別れられるはずがないのに。


 みんなは知らないから仕方ないけどさ。


「おまえ、機嫌悪いとマジで感じ悪いな……。友達やってる俺って、すげぇ」


 はいはい。すげぇすげぇ。


「なーんか、無言でも適当にあしらわれてるのがわかる……」


 武史がぶつぶつと不満を呟きながら周囲へと目を巡らせて、あ、と間抜けな声を上げた。


「次移動教室だっけ。シュン、置いてくぞ?」


「そんな元気ない……。もう、保健室で休む」


「わかったわかった。その憂い顔で廊下練り歩いて、肉食女子たちに襲われたら困るもんな」


 いや、追い払えるけど、それは。


 それに俺も肉食男子だし。


 ハニーの肉だけを貪り食いたい偏食だけど。




 武史に促されて、仕方なく教科書片手に廊下を歩いていると、後ろから追い抜けざまに誰かに肩をぶつけられて、力の入っていなかった腕から教科書がすり抜け散らばった。


 内心の苛立ちをそのままに、ぶつかってきた相手を嫌悪を込めて睨む。


 教科書を拾うこともなく、長い黒髪とスカートをなびかせ去っていく女子生徒の背中を、武史が眉を寄せながら見据えていた。


「なんだあれ。一年のくせに」


 武史はリボンの色から学年を判断して、むっとして眉根を寄せている。体育会系なので、上下関係に厳しい。教科書とノートをしゃがんで集めた俺に、武史は飛んでいった筆箱を拾ってきた。


 この友人も、ハニーと同じくお人好し寄りな人種だ。他に友達が大勢いるのに、ひねくれた性格だと知らながら俺なんかに構う。


 だけど、本性をさらけ出せる相手がいるのは、取り繕う必要がないから気持ちとして楽だ。


 まあ、そんなことをあえて口に出しては言わないけど、色々込めて簡単にお礼を言った。


「ありがとう」


「どーいたしまして」


 筆箱を受け取り、ほこりを払ってから廊下の先へと顔を上げたが、もうあのぶつかってきた生徒の姿はなかった。


「なんか知らず知らずのうちに、恨みを買うようなことしたんじゃないのか?」


「……かもね」


 適当に流すと、武史もそれ以上気にすることはやめて、だらだらとしゃべらながら歩きはじめたところで、


「あ、ハーイェクくん。ちょうどよかった、奨学金のある大学のパンフレット取り寄せたの」


 呼ばれた方へと視線を向けると、先生が先生らしい可憐な微笑みで手招きをしていた。


「今日もかわいいな、姫ちゃん」


「……」


 目尻を下げる武史に、俺はひたすらに無言を貫く。


 笑顔でハニーの首をギリギリと締めていた彼女の本性を知ってしまった今、嘘でも同調して頷くことができなかった。


 見なかったふりをして未だ自分の胸にだけ秘め続けているけど、マジで恐怖した。足がすくんでハニーを助けるのが遅れたもん。


 だってさ、なにあの裏表? 付き合ってるとき全然気づかなかったし。


 恋は盲目って、我が身を持って体験した。


 結婚しなくて、ほんっっとによかった。尻に敷かれるどころじゃない、あれは。いいように操られて、いらなくなったら喰われる。女郎蜘蛛だ、この女。



 ――それに、だ。



 ハニーの彼氏を奪ったのは嫌がらせなんかではなく、たとえば、ハニーの気を引きたかっただけだとしたら?



 見て見ぬふりをしていたけど、本命がいるのならそれはハニーの元カレのことなんだと、勝手に思っていた。



 だけどそれがもし、逆だったら?



 ハニーから彼氏を奪ったのではなく、ハニーの前から邪魔な男を消しているんだとしたら?



 これが俺の考えすぎならいいけど……。



 なにを考えているのかまったくわからない先生と目を合わせられず、俯き加減で差し出されたパンフレットの束を受け取った。


「……どうも」


 先生がにこりと笑った。らしい。見てないから、そんな気配がしただけだ。


「進学を決断してくれると、先生嬉しいな」


「え? シュン進学にしたの? それなら一緒のとこ行こーぜ!」


 はしゃいで肩を組んでくる武史に、先生の鉄壁の微笑みが向いた。


「それならもっと勉強しないとね?」


 一撃で消沈した武史を慰め、俺はその場からそそくさと立ち去ろうとすることにした。



 俺の元カノ、やべぇやつだから。武史には荷が重いから。



 我ながら友人思いのいいやつだなと自画自賛しながら武史を連れて、結局のところ、しっぽを巻いて逃げ出した。



 学校終わったら、真っ先にハニーに謝りに行こう。



 ハニーをフリーにして、女郎蜘蛛の餌食にするわけにはいかないからね。





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