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ハニー18



 真っ先に我に返ったのは、キラだった。


 表情を平素のものへと戻して私の襟から手を離し、シュンへと慈愛に満ちた教師の目を向ける。


「どういうことなの? 結婚したなんて、先生は聞いていないよ?」


 見据え合う二人。シュンが先に目を逸らして、そっけなく言った。


「……関係ないだろう、先生には」


 いや、大ありだろう!


「学校に黙ったままでいいと思ったの? そんな浅慮な考えで結婚したの?」


「だから離婚しろって? いやだから。絶対、離婚なんかしない」


 シュンが私の背後に回って、盾にした。


 私も勝てる自信、ありませんが?


「シュンくん。先生の話を聞きなさい。取引しましょう」


 ……おい。なにを言っとるんだ、私の幼馴染さんは。


 そしてシュンよ。興味を持って私の肩から顔を覗かせるな。喰われるぞ。


「取引?」


「そうよ? ひとまず今は離婚しなくてもいいから、大学進学のことを最優先に考えてほしいの」


 案外まともな話だった。てっきり無理難題を押しつけてくるのかと思っていたのに。


「大学……? でも、」


「ミツのことは気にしなくていいの。どうせ結婚資金として使う予定のない小金を溜め込んでいるから、平気だよ。シュンくんの将来のために、使ってあげたらどうかな?」



 ……おい。マジか。人の金を使う気なのか!?



「やだよ、そんなの。ハニーに迷惑はかけない。俺が、養うんだから」


 シュンが私を背中からぎゅむっとする。


 なんていい子なのか、うちのシュンは。天使か。


 仲睦まじい私たちをひやりとする笑みで見据えて、キラがシュンへと滔々と語りかけた。


「高卒で、ミツを養えるだけのお金を稼げると思ってるの? これでもミツは、三流だけど大学を卒業しているの。高卒の初任給と、ミツの毎月のお給料、どちらが高いか、考えるまでもないよね? もしかしたら一生ミツよりも少ないお給料かもしれない。それでもいいの? たった四年待たせるだけ。シュンくんならもっといいところに就職できる。先を見据えて、進学のことを、考えてくれないかな?」


 途中私が意味なく傷つけられたけど、言い返すのは我慢しておいた。


 キラの説得に、頑固なシュンの瞳が揺れ動いていたからだ。


 優秀な生徒を就職希望から進学希望にさせて、うまく難関大学にでも受からせれば自分の手柄になるという打算込みの提案だろうが、シュンの将来を考えるなら大学は行かせてあげたい。



「…………四年……」



 そのシュンの呟きは、思った以上に重々しかった。



 若者にとっての四年は……長いよね。


 私にとっては、あっという間の時間なんだけどね。



「奨学金のある大学はもういくつか探してあるの。――ね? 結婚しているのなら、ミツはどうしたってシュンくんの元から逃げられないんだから、安心して大学に通えばいいの」


 シュンが私の顔を覗き込んで、意見を求めてきた。


 答えは決まっている。


「私も、シュンは大学に行った方がいいと思う。なんだったらうちから通ってもいいし」


 大学の費用は出させてくれないだろうから、せめて住むところくらいは提供してあげたい。ご飯とか、家事だってしてもいい。

 掃除だけは、ちょっと苦手だけど。


「それって、同棲ってこと?」


 結婚してても、同棲になるのか?


 だけど一緒に住むことには変わりないので、しっかりと頷くと、



「……少し、考えてみる」



 おおっ、ついにシュンが気持ちを傾けはじめた。


 喜びをわかち合おうとキラへと目を向けるも、一瞥をくれただけで無視された。


 私がなにをしたというんだ。


「ありがとう、シュンくん。いくつか資料を集めておくね。――じゃあ、また明日学校でね」


 そうしてキラは、シュンの前ではおっとりとした仮面を崩すことなく、しゃなりと色素の薄い髪を靡かせ帰っていった。


 その姿が完全な視界から消えたあと、シュンがドアを見続けながらぽつりと言った。



「……先生とハニーが幼馴染で腐れ縁な理由、なんかわかった気がする」



 私の首を締めていたキラになにも言わなかったけど、しっかりと本性はバレてたらしい。


 残念だったなキラ。


 だけどね、シュンよ。ひとついいかい?



 私も一緒くたにするのは、やめてくれませんかね?




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