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ハニー13

重たい雰囲気の続き。

次まで尾は引かないと思いますので、あと少しご辛抱ください。




 カチャ……。かすかなその音で、眠っていた私の意識だけがぼんやりと浮上した。


 人の気配がして、それを裏づけるよう玄関からひたひたと足音が近づいてくる。


 合鍵を持っているのは実家の母とシュンだけだ。母がこんな夜更けに訪れることはないから、おのずと犯人はシュン一人に絞られる。



 こんな夜中に、寮を抜け出してきたの?



 目をこすりながら、部屋に入ったきた人影に焦点を合わせ呼びかけた。



「シュン……?」



 問いかけが聞こえているはずなのに、人影はなにも言わない。だからもしかして、強盗かなにかだったのかと焦って身体を起こすと、ベッドに乗ってきた影に強引に押し倒されて逆戻りした。


「えっ、えっ……!?」


 戸惑う私の手首が掴まれ、枕の横へと押しつけられる。痛みと困惑で顔をしかめた。


 倒れた拍子にわずかに開いたカーテンの隙間から、ちょうどほのかな月明かりが差し込み、私の胴に跨る相手の顔が青白く浮かび上がる。



 私を組み敷いているのは、やはり最初の予想通り、シュンだった。



 ただ、その表情がまるでない。ぞっとするくらいに、感情が抜け落ちている。



「シュン……? どうしたの、なにかあっ――」



 問いかけ終わる前に、噛みつくような口づけが落とされた。



 なんっ、ど、どうなってるんですか!?



 とりあえず、シュンの様子がおかしいことだけは確かだ。ここは、私が冷静にならないと。


 抵抗したらだめな雰囲気な気がして、私はされるがままになりながらも、言葉を発せられるようになるまで待つことに決めた。


 キスの合間に、掴まれていた両手が頭上に移動させられ、片手でまとめて縫い止められる。そしてシュンは着ている制服の首からネクタイを引き抜いた。


 まさか、とわななく私の予想通りに、手首を縛った。



 こ、これは……まずい状況すぎるっ!



 唇を合わせるだけのキスでは足りなかったのか無理やり舌をねじり込まれて、口腔内を蹂躙される。有無を言わさぬ行為なのに、私の気持ちいいところを探ってはそこを重点的に責めてくるせいで、お腹の奥に妙な熱が集まってきた。


 無意識に膝をすり合わせていている自分に泣きたくなる。



 無理やりなのに感じてるとか!



 そんな嗜好はないのに。



 どれくらいした頃か。あまりの激しさに私が顔を真っ赤に紅潮させて、酸素を求めて咳き込んだところで唇が離れた。


 しかしシュンの唇は私のそれから移動しただけで、首筋の、おそらく頚動脈のあるあたりをなぞって、下へ下へとたどっていく。泡を食った私は、必死にシュンへと呼びかけた。


「シュン! シュンッ!! なにがあった!? なんかあったんでしょう!?」


 私が色々焦らしすぎて我慢の限界に至った可能性もなくはないが、シュンのまとう暗い表情や雰囲気がそれを否定している。


 呼びかけに返ってきたのは、空虚な一瞥だけだった。


 それでも反応があったことに、私はひとまず安堵した。



 状況は、最悪だけど。



「シューンくーん? 逃げないから、手をほどいてほしいなー?」


 私の猫なで声にもシュンは無言。片手で器用にパジャマのボタンをぷちぷちと外していく。危機は増すばかりだ。



 あかん! セール品で買った激安ナイトブラがさらされる!



 それだけは避けねばと身をよじったことで、はらっと、パジャマの前がはだけて、シンプルなグレーのナイトブラが覗いてしまった。


 こんなことならもっと他のかわいいのを……って、今はそんな場合じゃない!


 シュンも! ガン見している場合じゃないからな! このおっぱい星人が!!



「シュ、シュン……もう、やめて……」



 なんて情けない声を出してるんだよ、私よ……。


 いっそう恥ずかしい……。


 

 だけどナイトブラショックに弱りきった私のその声に、シュンの淀んだその瞳に、わずかにためらいの感情がよぎった。


 それを見逃さず、ここぞとばかりに優しい声で語りかけた。


「シュン、手をほどいて? じゃないと、抱きしめてあげられないよ?」


 ぎゅっとして撫でてあげるから、離そうね?



「…………ハニー」



 手を離してはくれないけど、シュンがぽつりと私を呼んだ。


「うん!? なに、どうした!? 不満があるなら言ってね?」



「……ハニー。……俺と出会ったのは、……偶然だった、よね?」



 答えを聞きたくないとでもいうように、怖れを抱いたシュンの顔が伏せられた。



 なにかあったな、これは。


 ううん。誰か(・・)に、なにか(・・・)を言われたな。



「偶然だったよ。私は酔っ払ってたけど、シュンはよく覚えてるよね?」


 顔は肯定しているのに、それを否定するように私から目を背ける。

 そして私を視界に入れないまま、尋ねてきた。



「……俺のこと、好き?」



「うん、好きだよ」



 即答した。好きじゃなければ、この状況で大声をあげずにいるはずがない。

 なのに、



「……嘘だ」



 ぎりっと手首を固く締めつけられて、反射的に顔を歪めた。


 そんな私を、シュンは冷めた目で見下ろしてくる。


「嘘じゃないよ!」


「だったら……このまましていいよね? 本当に、俺のことを好きなら、拒絶しないよね?」



 ああ、もう……!


 これはなにを言ってもだめなやつだわ。



 またまぶたを伏せて唇を近づけてきたシュンに、私はたまらず深い、深ーいため息をついた。


 手が自由だったら、たぶんこめかみをぐりぐりしている。


 長い嘆息がシュンの唇をかすめ、そこで私の呆れ果てた様子に目を見張った。


 その隙を狙って、言葉が通じないなら、とばかりに額を思いっきりその額めがけてぶつけてやった。


「いっっ……!」


 ゴッ、という、骨と骨の鈍い衝突音。


 そして涙目で額を押さえるシュン。


 同じだけの痛みを根性で耐えた私は上半身を少し上げて、口で手首の戒めをほどき、脱げかけのパジャマを豪快に脱ぎ捨てた。


 痛みにうめいていたシュンが、あっけに取られたのか瞠目して固まっている。

 

「身体を繋いだら信じられるってんなら、思う存分やりなさい!!」


 ベッドに背中を沈めて、ぽかんとするシュンに両手を開いて差し出した。



 本当は守るもんなんてなにもないんだよ!


 羞恥と呆れを振り切ったアラサー女舐めんなよ!



「ほら早く!」



 動かないシュンにしびれを切らして催促し、この恥ずかしいナイトブラに手をかける。


 その瞬間、涙の浮かぶ目尻を赤くさせたシュンが、慌てて私の手を止めた。



「でっ、できるわけないだろっ!!」



 半分は自分で剥いたくせに、ベッドの下に無造作に広がるパジャマを慌てて掴み取ると、私の肩へと羽織らせた。


 肌が見えないようしっかりと前を合わせるその手がかすかに震えていて、はぁ、と小さく安堵の息をついた私は、俯くシュンの頭を引き寄せよしよしと撫でたのだった。

 




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