ハニー12
ちゅ、とシュンがわざと音を立てて唇を食んだり、はたまた吸ってみたりと、キスに夢中になっている。
気持ちいいし全然嫌ではないんだけど、ここ、道の往来なんですが!?
ついうっとりとしてしまった私が言うのもあれですけど……。
うっすらと開けた私の目に映るのは、ジャージ姿でランニングする学生たち…………が、学生たち!?
「あれ、シュン?」
一人が気づいた。おおっと、好奇心むき出しで見学する、体育系の部活であろう男子生徒たち。
ふぎゃー! 見世物じゃありませーん!
慌ててシュンの肩を押して、唇を離す。
わなわなしながら一団を指差すと、シュンがそちらへと気だるげな目を向けた。
こんなところで恥じらいもなくキスしてきた私たちが悪いのだけど、見る方も見る方だ!
写真撮られなかっただけましなのか? 部活中で助かったー……。
シュンは彼らへと、奇遇感を醸し出して肩をすくめ、私の上へと転がっていた日傘を差した。
だけど絶対にわかっていてやった確信犯だと、私は見ている。
その集団、おそらくバスケ部かバレー部あたりの、がたいのいい彼らの中から、一人こちらへと親しげな笑みで近寄ってきて、シュンに覆いかぶさるように肩を組んだ。
「どうも、彼女さん!」
彼女さん……?
ここは、大人の余裕を持って返さねば。
「こんにちは。シュンの、友達かな?」
うん、失敗。保護者だな、この返しは。
「武史、やめろって」
ほうほう。シュンくんのお友達は、武史くんですか。スポーツマンタイプとは、また意外な感じですなぁ。
「シュンってば最近、学校でも寮でも、ハニーさんのことをやたらのろけてて」
ハニーさん!? その呼称を外で言うのはアウトだろうが!
シュンを咎めるように見遣ると、ごめんね、とにこりとされた。うん、反省してない。
「いやー、どんなお姉さんなのかと思ってたけど、意外と普通? あ、いい意味で」
高校生の言葉を素直に受け止めるのもどうかと思うが、額面通りいい意味で受け取っておくことにしよう。
このこのぉ。やめろって。と、じゃれあい二人はとても微笑ましい。おっぱい大きいし。俺のだから見るな。という下世話なひそひそ声は聞かなかったことにしておいた。
ともあれ、私はシュンが友達と仲良くやっている様子に安心して、妙にのほほんとしてしまった。
路ちゅー披露しといて、あれですが。
「それにしても、こんなにかわいいお姉さんをなんで今まで紹介してくれなかったんだよ。てっきり笑えないくらいの熟女とか思ってたぞ!」
シュンが一転表情を変え、武史くんのぺらぺらしゃべる口を塞ごうと軽く殴る。
「ばか! さっさと走り込み行ってこいよ」
武史くんは忘れていたとばかりに仲間の元へと走って行った。たぶん遠巻きに見ていた彼らに、今得た情報やあることないこと、また湯水のごとく話聞かせるだろう。そんな高揚した顔をしている。
とまあ、それはさて置き。
「シュンくん」
「な、なに……?」
珍しく動揺している。これはなに言われるのか、わかっている目だ。
「今まで、ねぇ?」
「うっ」
シュンが本来結婚しようと思っていた相手が誰だか知らないが、結婚を拒否されて私の名字で妥協したことはわかる。
が、しかしだ。変わり身早くないかい、君。
そんなにすぐに冷めて、すぐに熱くなれるもの?
それに。武史くんはあんまり察しのよくない、よく言えば純粋な子だから気づかなかったかもしれないけど、私は騙せないよ。
「シュンの元カノ、学校の先生でしょう?」
「…………ハニーって、頭はよくないのに、勘は鋭いよね」
なにぃ! ばかだとおもわれていたことの方が、今日一番の衝撃だわ!
「全然ちょろくないし。……そんなところも、好きだけど」
「……どうも」
素でデレられると困る。
私がシュンの年だったら、簡単に落とされてたと思う。
学校方面に背を向けて歩き出したシュンが、ぽつりぽつり語りはじめた。
「ハニーの想像してるので、あってる。先生と付き合ってて、結婚するつもりだった。……あの日までは」
「私が酔っ払った日だね」
「うん。ハニーが浮気された日だね!」
無理して笑顔を作るシュンが、少々痛ましく見えた。
本気で好きだったのだろう。その、先生のことを。
「だけど現実って残酷じゃん? 俺、誕生日だったのに、それすら覚えてなくて他の男のところに行ったんだよ。最低だ」
聖職者が二股かよ。しかも一人は教え子。とんだクズだな。
しかしこうしてシュンが自分のことを語ってくれると、懐いてきたんだなと思って嬉しくなっている自分がいる。
まだ、家族のこととかは話してくれないけど。
「その先生のこと、まだ好きなの?」
「ぜーんぜん。遊ばれてたんだって、ほんとはどこかで気づいてたから。他に、本命がいるのかなって。だから、潮時ってやつ?」
「そ、そうか……」
達観してるのか、諦めぐせがついてるのか。
それにしては、私にはグイグイくるが。
「俺、一途って言ったじゃん。誰かと付き合ってるときは、他の誰とも関係持ってないよ。ほんとだから!」
私に捨てられまいと必死なシュンに、胸がきゅんとした。
なにこの子、かわいすぎない? 親バカな気分だわ。
「わかってますとも」
私の信頼を勝ち得たことに、やった、と無邪気に喜ぶシュン。それを眺めてにまにまする私。
と、そのとき、視界の端で、艶めいた黒髪がひるがえった。気のせいかもしれない。
「なに見てるの? 武史?」
嫉妬まじりの声で、シュンが私の目をふさいだ。
「武史くんはとっくの昔に走って行っちゃったでしょうに」
そう言うとシュンが手をどけて、そのまま私の頬を包んで自分へと向けさせた。
「ハニーは、俺だけを見てて」
やっぱりこの子、たらしだわ……。
わかっているのに、シュンに触れられた部分からじわじわ熱が灯っていく。
返事を催促されて、うん、と頷くと、シュンの片手が私の手へとすべり、恋人つなぎで仲良く歩調を合わせて歩き出した。
日傘の下で、お互いだけを見つめて。
だから私は、そんな私たちの姿を、悪意を持って見つめていた人がいたことには、まるで気づいていなかったのだった。
不穏さがじわりと出てきました(´・ω・`)




